暗い暗室
2006.02.25 Saturday - 18:23
やってみたいと思いながらも最後の一歩を踏み出せないのが自宅でのモノクロ現像と引き伸ばし。「明るい暗室」も楽でいいけれど、実のところ暗い暗室も捨てがたい。(そんなヒマとカネはどこにあるのという愚問は棚上げにして) 自家現像の最大のネックは廃液処理。 学生の頃は大量の水とともに下水に流していたような記憶があるけれど、さすがに今となっては憚れる。廃液処理業者に委託するしかないが、近くにあるのか分からないし、個人からの廃液を受け付けてくれるかどうかも分からない。費用の問題もある。 なんでフィルムメーカーは自宅でできる廃液中和処理セットを開発しなかったのだろう、とボヤいても始まらない。 もっとも、機材や用具を揃えたところでいつ飽きるか分からないので、チャプチャプやる程度ならレンタル暗室が妥当かな。印画紙の種類がどんどん減っているから、暗い暗室はここ数年のうちに化石的な道楽になってしまいそうな気がします。 ![]() |
サメは泳いでいないと死んでしまう?
2006.02.22 Wednesday - 18:02
しかし、あらためて自分の仕事をまとめ直すのもなかなか大変ですね。3冊紹介しただけで音を上げてしまいました(苦笑)。何回かに分けてトライしてみようと思います。 今日は久しぶりに天気が良く、朝に納品も終えてキリがよかったので、ハッセルをぶらさげて公園に散歩その1、OM-1をぶらさげて駅前に散歩その2をしてきました。先週は腰痛のせいでほとんど外出しなかったので、体力が落ちているらしく、かなり疲れましたけど(軟弱なもんで)。 キヤノンが新しくEOS-30Dなるデジタル一眼レフを出し、EOS-3とEOS-1Ds RSも出るかもしれないと噂されています。元々カメラの製品サイクルは2年とか3年くらいののんびりした間隔じゃなかったかと思いますが、デジタル化によって製品サイクルが縮まりすぎて振り回される消費者も大変です。 世の中に "early adopter"、つまりは「新しモノ好き」がいないと企業の経営は立ち行かなくなりますから、あの手この手で買い換え・買い増し需要を煽っていますが、古いモノを比較的後生大事に使う僕なんかは経済にあまり貢献していないのかも知れません。 僕のカメラはライカやハッセルのような電気を使わないものが中心(仕事用のメインは除く)。 CDプレーヤなんて未だSONYの一号機(CDP-101)を使っています。1982年製ですから24歳。サービスセンターのオジサンが言うには、当時は電源トランスなどに今では考えられないしっかりしたものを使ってたんだそうです。なので確かに重い。 パソコンは我が家の4台はすべてWindows 2000機。テストでXPを入れることはあるけれど、XPの時代になって買ったマシンは不思議に1台もない。 一方で、プラズマテレビにDVDレコーダにあれやこれやを買わないと気がすまない人種がいることも確か。 キヤノンの新機種のニュースをウェブで見ながら、そんなことをふと考えた一日でした。 |
本:心に残るペットと人との感動ドラマ
2006.02.22 Wednesday - 16:26
宇月田 麻裕 編選「心に残るペットと人の感動ドラマ」学習研究社、2004年12月 エッセイストで開運研究家の宇月田 麻裕さんから、ペットロスに苦しむ人やペットのおかげで勇気がわいた人の話を集めた本を編纂したい、という主旨の原稿募集があり、そのころ飼っていたゴールデンレトリバー♀の闘病記を載せてもらいました。 2004年5月頃に発症。いわゆる白血病で不治の病です。6月頃に原稿を出した時点では抗癌剤で多少病状は落ち着いていたのですが、残念ながら7月に死亡。初校の段階で全体ページが増えない範囲でその経緯を追記しました。 他人が読んだところで「可哀想だったんですね」で終わってしまう内容ですが、病院から心臓が停止したという連絡が入り、駆けつけた段階ではまだ暖かった身体がすぐに冷たくなり、次の日にはペット火葬場でわずかな骨になってしまったところを昨日のように記憶しているので、自分の原稿ながら読み返すのがつらい作品です。 写真入りの本という形で残ったのがせめてもの思い出でしょうか。先日のネコ目イヌの左上がその彼女です。 ![]() |
本:はじめての著者デビューノート
2006.02.22 Wednesday - 3:21
吉田 浩・児玉 進著「はじめての著者デビューノート」明日香出版社、2004年5月 僕は、東京ライターズバンクという、4000人のライターと数百人の編集者をネットワークした組織に加入しています。独立以来、ライター仕事のかなりの部分はライターズバンクを通じた営業で獲得してきました。代表の児玉さんには足を向けて寝られません。 この本は、東京ライターズバンクの児玉さんと、有限会社天才工場を経営し最近では企画のたまご屋さんという本作りのマッチングを行っている吉田さんとの共著による、ライターデビューのハウツー本です。 後半に東京ライターズバンクの詳細を書いた章があり、同バンクを活用した生の声が欲しいということで、僕を含めて数名のライターが寄稿しました。 余談ですが、締め切り当日まで「100文字で」と勘違いしていて気楽に考えていたのですが、提出寸前で依頼メールをもう一度読み直したら本当は「1000字で」となっていてかなり慌てた記憶があります。 さて、僕はこんな書き出しで始まる文章を寄せました。 2003年4月1日、この日は僕の「独立記念日」である。その前日、20年間に及んだサラリーマン生活を終えて当時勤めていた会社をあとにした僕は、ふと上野公園に足を伸ばした。夜桜の下で缶ビールを飲みながら、ああ終わったんだなという想いと、明日から始まるフリーランス生活に対する希望と不安が交錯し、言いようのない感慨の中にいたことを思い出す。 末席ながらも僕がライターの世界に足を踏み入れたのは結構古く1990年頃である。ある出版社にいた友人の紹介で雑誌に連載させてもらうようになった。~ 3月31日に上野公園に夜桜を観にいったときの心境は2005年3月31日の「桜の季節」に書いてあります。飲み友達のシマコに付き合ってもらったんですが、とにかく花冷えのする夜で、震えながらビールを飲んでぶらぶら歩いていました。 そういう自分の節目の思い出を文字にして残せるのはモノ書きの特権かも知れません。なにしろ国会図書館にも収蔵されているわけですからね。 もうじき桜の季節がやってきますが今年の陽気はどうでしょうか。 ![]() |
本:インターネットの効率的学術利用
2006.02.20 Monday - 13:06
会った人から「どこ(媒体)に、どんなことを書いているんですか」って訊かれることが多いのですが、僕らのようなライターは、昨日はあっち、今日はこっち、明日はそっち、的な仕事が多いんで、簡単な答えができずにいつも窮します。 杉田米行編「インターネットの効率的学術利用」成文社、2004年3月 タイトルがずいぶんと堅苦しいように感じられるかも知れませんが、実はこの本、文系大学生向けのサブテキストです。大阪外語大学の杉田先生が2001年に「人文社会科学とコンピュータ」を出されていて、その改訂版として企画された本が「インターネットの~」です。 大学の研究活動や論文執筆・発表にインターネットを活用するには具体的にどうすればいいか、という手引書で、基本的なマナーや情報検索の方法、論文の発表方法、著作権や特許権の取扱いなどを総括的にまとめた本です。 僕が担当したのは第14章「インターネットを利用した学術情報の発信」で、研究室を紹介するウェブサイトの作り方や、研究成果を掲載するときの注意、学生やOB同士での連絡方法、論文の私費出版の方法などを取り上げました。 文系学生向けの文章は初めてだったので、知り合いの大学講師に知恵をもらったり、杉田先生に何度も原稿を直されるなどして、それなりに苦労しました。 2年前の本ですから技術的には多少古くなりましたが、章末の言葉は今も褪せていないと思っています。 インターネットは、管理者的な人や組織が統括的に情報を収集、コントロールしているわけではなく、利用者それぞれが自発的に情報を提供しながら成長してきました。「教えてくれてありがとう、お礼に私の持っている情報をお教えします」という相互扶助の精神、貢献(コントリビューション)の精神が根底に存在します。 すなわち、情報を発信することは「貢献」であり、インターネットをほんのわずかだけ豊かにする行為でもあるのです。 |
モスのココロ
2006.02.19 Sunday - 14:33
知り合いのライター白羽未依(しらは・みい)さんが「モスのココロ~モスバーガーハートフルブック」という本を上梓した。諸々の事情により彼女の名前は奥付に小さく出ているだけなのだが、編集から原稿までかなりの部分を手掛けたことに変わりはなく、彼女の本と呼んで差し支えないだろう。 編プロを2004年末に辞めてフラフラしているときにライターの会合で知り合った。間もなく30歳になるんですよ、負け犬の仲間なんです、しばらくしたらまた編プロでも探して入ります、とずいぶん弱気なことを言ってくるので、イラストも描けて編集もできるんだからフリーとして活動してみたらと飲みながら励まし(そそのかし?)て、知り合いの編集者に紹介するなどして営業を手伝ってあげた。 本を一冊作るのは大変である。とくにこの手の企業モノは企業側の意向が強く働くため、「そのうち愚痴聞いてやってください」と言うくらいに度重なる修正に泣かされたようだ。 でも、モスバーガーのサイトでも紹介されているし、すでにあちこちの女性ブログにも取り上げられているから、それなりに売れて苦労は報われるんじゃないかな。 ![]() |
メルマガ
2006.02.17 Friday - 0:25
現在のテンプレートの左側にさりげなく表示しているメールマガジン『カツラの副業翻訳家への道』。2002年の秋から発行を始めて、たびかさなる廃刊のピンチにもめげず、今年に入ってからほぼ週刊でのペースになんとか戻した。(草薙カツラは昔使っていたペンネーム) メルマガを出そうと思った経緯は、「自分の経験はコンテンツになる」とのアドバイスを、週末起業フォーラムの森さんから受けたことがきっかけ。 本業を持ちながら副業で翻訳者を目指す人が多いことに気が付いて、自分がしてきた副業翻訳の経験を体系化して書いた。実は拙著「副業の達人」のコンテンツの大半はメルマガで書いたことが土台になっている。メルマガがなければこの本はおそらく出なかっただろう。 「副業翻訳」というニッチな分野にもかかわらず、また、ほとんど何の宣伝もしていないにもかかわらず、約500名の読者がついてくださっている。メルマガが一助となって本格的な翻訳者として活躍している人もいるようだ。 自分の経験やスキルを常に棚卸しすれば、おそらく誰にでもメルマガは発刊できるはず。 カメラ・写真ネタ、会社の実務ネタ、独立・起業ネタ、時事ネタ、パソコン技術ネタ、外国語レッスンネタ、うつ病の体験ネタ、おたくネタ、アダルトネタなどなど、棚卸しできそうなネタはありますか? |
忘れてた
2006.02.14 Tuesday - 12:55
今日は世の中『バンアレン帯Day』やら『浮気がバレたデー』のようですが、さっき思い出したところによると、我が家にとっては奥さんとの○○記念日。 ミー覚えてなきゃだめじゃん |
子どもに株をやらせるべからず
2006.02.08 Wednesday - 15:21
某証券会社のバナー広告のキャッチに驚きました。背景には女児の顔写真 「当社に口座を開設している小中学生2300名 最近ではライブドア騒動で株を買っていた子どもが含み損にやられているというニュースも流れています。 浅はかな知恵を持った大人達が、「株の売買を体験させれば経済のいい勉強になる」、と考えて(煽って)やらせているのでしょう。 株を買った(空売りした)人なら分かると思いますが、建ち玉(たちぎょく)をしている間は毎日の相場が気になって仕方がなくなります。昔であれば短波放送、今ならインターネットを見て、株価をチェックしないと気がすまなくなってくるのです。含み益が出ればいつ下がるかと心配し、含み損が出れば損自体に心配し、決して気の休まることはありません。 そんな子どもが勉強や遊びに正しく集中できるのでしょうか。 「アメリカの小中学校で株式投資を教えているそうです。日本でもこれを真似しようとしているところがあります。小学生が新聞の株価欄なんかに目を通す必要はありません。そんな暇があったら漢字を、国語をきちんと学び、足し算、引き算、掛け算、割り算、分数、小数をきちんと学ぶことです。」 と書いています。 小中学生の心をくすぐって金を取ろうというのだから、証券会社や一部の教育者には「付ける薬」がありませんね。 |
慶祝・秋篠宮紀子妃殿下ご懐妊
2006.02.08 Wednesday - 13:19
皇室に対して特別な想いを抱いているわけではありませんが、こういった慶事の知らせを国全体が祝福するということこそが、国の象徴として皇統が存在する所以のように感じます。 頑固モードに入ってしまった小泉首相が鉾を収める理由がついてとりあえず安心している人も多いのでは。 |
忍者ニンニンの人生
2006.02.07 Tuesday - 17:18
「♪ニンニン・ランラン・リュウエン、リュウエン行って幸せ食べよ~♪」 ほぉ、ニンニンもCMに出るとはずいぶん有名になったでござるなニンニン。 いえいえおじいさま、まだまだ下野動物園のカンカン・ランランには勝てませぬでござるなニンニン。 それはそうとニンニン、地球温暖化の影響で今年はニンニンゼミが大量発生するらしいでござるなニンニン。 ところでおじいさま、書店では「ノンタンにんにんにこにこ」がベストセラーだそうでござるなニンニン。 そういうニンニンはオトコ忍者の人気者でござるなニンニン。 おじいさまの好きなニコニコンがフィルムカメラ事業縮小でござるなニンニン。 キヤノンノンに負けてるからしょうがない、って話は置いといて、そろそろ「忍たま忍太郎」が始まる時間でござるなニンニン。 あら、おじいさまったら、それを言うなら「忍たま乱太郎」でござるなニンニン。 ---- この『語尾変』ゲーム、いつ終わるのでしょうか(笑) |
ジョロキチの人生
2006.02.07 Tuesday - 3:14
おいらはジョロキチって呼ばれているんだが、本当はジロキチなんだけど、生まれながらの頻尿症持ちで、しょっちゅう人前で立小便するもんだから、いつの間にかみんなからジョロキチって呼ばれるようになっちまったんだけど、おっといけねぇ、さっそく尿意だ、ちょっとあっち向いてほいして待っててよ、ジョロジョロジョロ 仕事はジョーロの押しう…、いや、セールスマンをやってるんだが、そのわけは、なにしろジョロキチって名前だから、親分からお前ジョーロ売って来いって言われて、最初は嫌だったけど今じゃそれなりに楽しんでるってわけなんだけど、若い主婦が一人でいそうなマンションを狙って昼頃売込みに行くのがなかなかスリルがあってね、奥さん、ジョーロはいりませんか、って言って最初は警戒して追い返されそうになるけど、次の一言でたいていの家は玄関を開けてくれるものさ、「ご主人のジョロ漏れが直る魔法のジョーロです」って、よほど漏れに悩んでるらしく、見本を見せると、たいていの奥さんはこう言うんだ、「まぁ、なんて素適なジョーロ!」。 昨日はついてなくて、マンションの裏手にクルマを停めていたらミニ穿いた婦警が乗るミニパトが見に来やがって、駐車違反だとぬかしやがるもんだから、高慢チキな態度が気に入らなくて「この女郎め」ってつぶやいたら、ちゃんと聴こえてやがって、「運転手さん、今なんて言いました」って訊くから、つぶやきシローみたいにこうつぶやいてたんです、って答えてやった、「路上路上ろじょう・ろじょうろ・じょうろ・じょろ…」。 しかしね、いつまでもこんな仕事ばっかりもしてらんないから、オレ、夜学に入るために勉強してるんだけど、試験の中に小論文の提出があるんで、テーマは「ジョロニモ・インディアンとジョロウグモ」に決めて、今、こんな感じの序論を書いているところで、「ジョロニモは古来から伝わる儀式を行うためにジョロウグモを飼っていたことはほとんど知られていない。糸の吐き具合でその年の天候を占うのだ。ジョロニモはジョロウグモをいたく可愛がり名前を付けていた…」え、なんだって、オチが見えてるって、うるさいね、そうだよお前さんの予想どおりでその名は『ジョロ』。 ---- この短編の背景は、ここ(コメント欄)、ここ、ここ、ここをお読みください。 次はどこですか?え、福井方面が呼んでる?(それじゃ無限ループじゃないか(笑) お題は「もえ」でお願いしまつね。(笑 |
腰痛父さん、貧乏父さん
2006.02.06 Monday - 15:49
なんともさえないタイトル↑です(苦笑) 部屋の片付け話の続き。書棚の奥から4冊の本が出てきました。 ・「金持ち父さん、貧乏父さん」 書棚に並べ直してあらためて感じたことは、 「こんな本持ってるようじゃ金持ちになれるわけがない!」([:悲しい:]) そう思いながらも本を捨てられない自分が情けないんですが、別に拝金主義者とういうわけじゃなくて、住宅ローンをあらかた返して多少は身軽になりたいというのがささやかな望みです(そのくらいならバチは当たらんでしょう)。 |
ノートは省察・省思・内省・内観のツール
2006.02.06 Monday - 1:11
部屋を片付けていたら2002年につけていたノートが出てきました。当時、IT系ベンチャに在籍していた僕は、 ・業績不振の責任を取らされながらも会社に居残る という4つの選択肢で悩んでいました。 勢いで行動するには抱えるものが大きすぎる年頃なので、現状の問題点は何で、自分はどう行動し、その理由はなぜか、を明確にするためにノートを書いていたのです。「なぜそうするのか」と繰返し自問し、その答えと理由を書き留めていました。 しばらくは転職と独立を天秤にかけて両方の活動をしていましたが、「虻蜂取らず」とはこのことで、結局はどちらも中途半端。7月頃に独立を決意し転職活動をすっぱりとやめてからは、ずいぶんとすっきりしたように記憶しています。そういう判断の拠り所としてもノートは役立ちました。 日常的な日記はデジタルでも構わないのですが、自分のターニングポイントとなるような大きな事象に対しては、ノートとペンで考えを整理し、意志を遂げるまで何度も見直すことがいちばんだと思います。 ポイント:大学ノートは不可、少し高級なノートを買う。鉛筆は不可、ペンで丁寧に書く。(←これは昭和の大相場師、林輝太郎氏の教え) |
差し上げます(タダ)
2006.02.05 Sunday - 9:29
Macをメインで使っていた頃の古い機材ですが、送料を負担していただければタダで譲ります。ただし最近動かしていないので、もしかしたらNGかも。その点はご承知おきください。 いずれもSCSI接続です。 ・スキャナ:EPSON GT-7000S ・フィルムスキャナ:NIKON LS-1000 Mac用のソフトで、Adobe GoLive 5.0、Finale 3.5、ATOK 14なんてのも差し上げます。ATOKのみOS X対応、残りはClassicアプリケーションです。(Intel Macが出ているのに2世代遅れですね) |
正のスパイラル
2006.02.03 Friday - 18:43
![]() 渡部師匠は面白い経歴の持ち主です。もともとはスポーツ新聞社のカメラマンでニュースネタを追っかけていた人(御巣鷹山にも行った)。フリーになったあとで写真集を出したものの、版元が倒産し大量の返本を引き受けざるを得なくなった。そこで写真集を少しでも売ろうと、ウェブサイトを開設して写真やカメラに関する日々の出来事を綴っているうちに、その内容が出版社の目に留まり「旅するカメラ」「旅するカメラ2」を発刊。 同じ頃、暗室で借りていたマンションの隣室が空き部屋になり、合わせて借りることに。ここで渡部さんが賢明だったのは、この部屋をスタジオや暗室としてではなくサロンとして使うことを考えた。アマチュアを集めてワークショップ2Bを開き、週末には受講生や卒業生に暗室を開放している。シンパである「お弟子さん」はすでに100人を超え、中にはセミプロやメディア関係者もいて、そこから仕事が広がったりもしている。(僕も弟子の一人ですが忙しくてあまり参加できなかった不良生徒) 渡部さんは写真を撮る一方で、写真を売る、買う、見せる、という行為をかなり積極的に掘り下げようとしています。現在は日本カメラ誌のカラープリント部門の審査を担当していて、毎月2,000点を超える応募作品と格闘しているそうですが、たとえアマチュアの作品とはいえ、大量に見るという行為はおそらくはものすごい勉強になっているのではないでしょうか。 こう書いては失礼なんですが、最初のきっかけがなければ、渡部さんは本も出していなかっただろうし、ワークショップを主宰することもなかっただろうし、日本カメラの審査員をやることもなかっただろうし、個展を開くこともなかったかもしれません。きっと、ひとりのコマーシャルフォトグラファーとして活動を続けていたはずです。 歳は同じなれど師匠と弟子の関係なんでこういった話の真相(裏側・ホンネ)までを知る由はありませんが、フリーの立場で見ると、目の前に転がってきた運をポツポツとうまく掴んでいるように思います。もちろん、しっかりした技術と実力が備わっているからこそできる話。 昨年の秋にワークショップに通い、写真も当然ですが、そういう正のスパイラルの部分でいろいろな刺激を受けた人です。 |
35平米・月4万・敷礼ゼロってどうよ
2006.02.02 Thursday - 12:48
キャッシュフローレス経営で今月は金策に苦慮するありさまながら、またぞろオフィス借りたい病が顔を出してきて、どうせ借りもしないくせに仕事の合間にインターネットで物件を調べていた。 すると、築30年のマンションながらも、35平米、フローリング、リフォーム済みで月4万円、しかも敷礼ゼロという格安物件を発見。自宅から徒歩数分のところのようだ。 冷やかし半分と勉強を兼ねて不動産屋に電話してみる。出てきたのはお姉さん。 -あのぉ、インターネットで物件見たんですが」 夜なべしてたらどこからか声が聞こえてきそうだなぁ。ちなみにこの部屋は既に商談が入っていて決まりそうだとか。 |









![Validate my RSS feed [Valid RSS]](/image/valid-rss.png)

