慰霊の日

 6月23日は沖縄慰霊の日だそうです。8月6日、9日、15日はもちろん知っていましたが、この慰霊の日の存在は沖縄の本を担当するまで知りませんでした。日本人として恥ずかしい限りです。

 首里城の地下に司令部を掘っていた第32軍は追い詰められて糸満市の満文仁(まぶに)に敗走し、最後に牛島司令官が自殺して組織的な戦闘が終結した日が6月23日です。

 満文仁にある平和の礎(いしじ)に犠牲者の名前が刻まれています。今日現在で240,383人

 広島の原爆名簿が今年5月の時点で242,437人、長崎の原爆名簿が137,339人、東京大空襲が約100,000人。沖縄戦の死者は広島原爆と同じなんです。そのうちおよそ半数が民間人といわれています。

 地上戦の凄惨さは空襲の比ではないそうです。読んだり聞いたりしたエピソードは胸が痛くなるものばかりです。

 たとえば平和祈念資料館が発行している総合案内の中にこんな一文があります。

「避難民のなかに子持ちの女の人がいました。2才くらいになる男の子が泣きわめくものだから兵隊が怒って叱り付けたんです。それでも子どもは泣き止まない。そしたらね、そのお母さんは子どもを連れて出て行ったんです……しばらくしたらお母さんひとりだけで帰ってきたんですよ…誰も訊こうとはしませんでした…」

 4月に読谷に米軍が上陸して6月下旬まで戦闘をしています。高温の梅雨の季節。死体はすぐに腐る。あまりに臭いのでフーチバー(よもぎ)の葉を鼻に詰めていたとか、壕(ガマ)に集団で避難しても排泄はその中でしていたとか、女学生に負傷兵の腕や足を麻酔なしで切断させていたとか、とにかく想像の域を超えています。

 日本の今の繁栄が多くの犠牲と苦痛の上に成り立っていることを忘れてはならないと、あらためて思います。

平和の礎

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