中城の廃墟
2006.07.30 Sunday - 21:34
世界遺産に指定されている中城城跡ですが、公園入り口に近い裏門から入って、三の郭、二の郭、一の郭と進み、表門を出たさらに奥のほうに、なんとも奇妙で不気味な廃墟がたたずんでいます。
なんでも海洋博覧会の近辺に観光客をあてこんで作られたホテルらしいのですが、夜になると何かが見えるというウワサが立って、客足が遠のき廃業。 その後、城跡が世界遺産に登録されることになって、今度はホテル主(地主)と行政側との間の補償話がこじれたらしく、地主側は見せ付けるためにわざと取り壊さずに残してあるようです。 とにかく巨大な建物で、写真は広角でパースがついているから分かりにくいかと思いますが、隣りの山までずーっと延びている。20メートルほど入りましたけど、気味が悪いんで引き返しました(本当は立ち入り禁止です)。 入り口には「中国粉砕」などと物騒な言葉が書かれている(沖縄の人が靖国問題をどう考えているかは知りません)。この廃墟のことを書いている他のウェブを見ると、この看板がない写真もあるので、今も誰かが来て取り付けているようです。それとも夜になると何かが出てきて…。 中城城跡は戦前には中城村の役場が置かれ、戦後は遊園地が作られて沖縄県内有数のレジャー施設になっていました。詳しくは今度出る本をどうぞ(って、いつ出るの??)。
スキャナを最大解像度にした約2500万画素相当のピクセル等倍。ちょっとお遊び。 |
皿・百面相
2006.07.24 Monday - 12:58
新藤さんちの月例展用に100円ショップで皿を買ってきた。
まずは基本形。↓
高台を見せてみる
白ヒゲ(笑)のおじいさん
巨乳(笑)
風に向かって走る犬。ベロが欲しいところ
アラーキー大先生
料理や食材をちょっと載せるともっとバリエーションができるかも。あ、こんなことしている場合じゃないんだった。 |
永田メールの二の舞
2006.07.23 Sunday - 16:44
先日、日経新聞が朝刊一面で報じた「昭和天皇、A級戦犯合祀に不快感」の元となった「富田メモ(手帳)」に、早くも2chの中では真偽を問う分析が出されていて、天皇の発言ではなくて徳川侍従長の退任会見を速記したものではないかとのこと。 たとえばここ(いずれも2chの要約) こちらは、同じネタから昭和天皇の発言だろうという検証(反対意見として) 仮に徳川侍従長の発言だとすると、 「このメモは最大限守ってあげたい」 なんて事態の再来になるんじゃないんでしょうか。日経はスクープのつもりが爆弾を抱えちゃったのかもしれません。(真偽のほどは各自で判断してください) それにしても2ch等のネットの動きは早い。スクープの前には2chにリークして検証してもらうとか? |
泊まり取材
2006.07.22 Saturday - 23:53
締め切りに「トム・苦しんでルーズ」の状態が5月ころからずっと続いていますが、こういうときに泊まり取材はちょっとした息抜きです。19時頃チェックインし、クルマで外に食べにいくと飲めないので弁当とビールを買ってきて、部屋でのんびりと夕食。晩酌もこんなときにしかできない。 一部のビジネスホテルは数百円を上乗せすると一人でもツインルームを利用できるので、たいていこのサービスを利用します。 夜なべ用の書類は一応持っていったのですが、早起きと疲れとビールが重なって、テレビを観ながら予想通り「落ちました」(笑)。そのあと目が冴えてしまったので、読みかけの三島由紀夫「潮騒」を読了。読書の時間も貴重。 今回は2日間で走行距離500km。ガソリンの値上がりが痛いこのごろ。本ができるまで10回くらいは出かけることになるでしょう。土地感が生まれる頃に終わるような感じ。 多少の息抜きとは言っても、行って帰って終わりじゃないのは当然で、あとで3GB近いデジカメ画像の整理をしないと。メモリカードがまた足りなくなるところだったので、次に備えて、さきほどヤフオクで4GBのCFを2枚ぽちっと。 |
明治の人はエライ
2006.07.21 Friday - 22:51
木曜・金曜と取材で群馬県内をうろうろ。「鉄道文化むら」に寄ったついでに、「めがね橋」こと信越線の「第三橋梁」まで足を伸ばしてみた。 群馬県の横川駅から長野県の軽井沢駅まで、66パーミル(6.6パーセント)の急勾配をアプト式(アブト式)の軌道を使って機関車が上下していた。そのときの橋のひとつで、昭和38年頃まで使われていたらしい。 で、このめがね橋。解説板によると赤レンガが200万個使われているそうだ。完成はナント1892年ですよ、100年以上前の明治25年。重機なんてないのにどうやって造ったんだろう。手で触ってみると分かるけど、しっかりしていてびくともしない(崩れてないんだから当たり前だけど)。 明治の人が平成にタイムスリップすればとてつもなく驚くだろうけど、じゃあ現代の技術を以ってして、これと同じものを今造れるのだろうか。クレーン使っちゃダメ、資材運ぶトラックは小型トラックのみ、コンピュータで計算しちゃいけない、なんて制約があったら、いくらカネかけても造れないんじゃない? このめがね橋や途中にある丸山変電所跡は産業遺産(重要文化財)として保存されている。横川駅からめがね橋まで徒歩で行ける「アプトの道」という遊歩道ができているし、旧中仙道からもめがね橋の上まで上がれるようになっているので、先人の偉業を感じるためにも、行楽の折にはぜひどうぞ。
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弱者視点とアーカイブ
2006.07.19 Wednesday - 22:34
1990年頃、大阪のあいりん地区で暴動が起こったとき、報道される写真は機動隊側から撮影されたものばかりだった。それを見た知り合いの橘川幸夫さんが、当時のパソコン通信の会議室に、弱者側・非権力側から撮影せずにジャーナリストを気取るな、なんて鋭い一言を書いていた記憶がある。 沖縄戦の写真をいろいろ探しても米軍が撮影したものしか見つからない。そりゃそうだ。物資に事欠くありさまでは、報道要員を確保したりフィルムを調達するのは不可能だものね。日本側が撮影した写真といえば、出征のときの記念写真や軍幹部の肖像写真、前線に出る前の集合写真くらいしか本土にも残っていないんじゃないんだろうか。 米国は公的な写真はパブリックドメインとしてウェブで公開している。かたや日本は、実のところアーカイブの重要性に対する意識が低いし、持っているところは(持っていることすら)公表したがらない。散逸している状況を見るにつけ、戦中から昭和後半あたりの貴重な写真を、公的機関が集中的にどんどんと収集しデジタル化して国民の資産として記録をつないでもらいたいものだと思う。 写真は厚木に降り立ったマッカーサー。コーンパイプをくわえて飛行機のタラップを降りてくる写真が有名だが、カラーでも記録されていた。1945年にカラーフィルムを持つ国が相手じゃ、負けるのも道理だ。
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検索エンジン対決
2006.07.19 Wednesday - 21:25
白ヒゲさんの検索エンジン対決によると、白ヒゲさんちも☆ぴぃ~さんちもGoogleがYahoo!を圧倒しているけど、うちは逆で、 6月 7月 なんだよね。先月この事実を知ってから、SEO対策はGoogleだけじゃなくてYahoo!も大切だということが分かったので、ちょっといじっている(手法が違う)。 検索キーワードは「フリーライター」や「副業」関連が上位。「翻訳」関係も多少ある。 ちなみに入れているアクセス解析はfutomi CGI Cafeで配布されているもの。高機能版はサイト内を訪問した人のページ移動履歴・滞在時間まで分かるようになっているから、ビジネスサイトを管理している人にはお勧め。 |
生・俊輔
2006.07.15 Saturday - 19:51
今日は前に紹介した中村俊輔のサッカークラブの特別レッスン日で、本人が来て直接子ども達にリフティング、ドリブル、パス、シュートなどの基本動作を教えてくれた。 たとえばリフティングは、立っているほうの足が重要で、ヒザをクッション代わりにしながらしっかりバランスを取れと。蹴るほうの足は立っているほうの足ほどには重要ではない、なんてことはちょっとばかり目からウロコ。得意の左足フリーキックも何本か見せてくれた。 しかし、グラウンドがとにかく見学席から遠いんだよ。しかも同じような子どもがわんさかいて、自分の子どもはまるでウォーリーを探せ状態。600mmくらい買っておくべきだったかも(親バカ)。左は進行を務めたスポーツ解説者の中西哲生氏(元Jリーガー)。
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幸せって、ポン酢醤油のある家
2006.07.14 Friday - 10:33
「最も幸せな国」はバヌアツ=先進国は軒並み下位-英シンクタンク 公表元のThe New Economics Foundationも、調査を共同で行ったFriends of the Earthも、ウェブがまったくつながらないので詳しいことが分からないけれど、暮らしの満足度、平均寿命、生存に必要な面積、エネルギー消費量などの環境的な条件から算出した結果だとか。 バヌアツって、成人になったときにバンジージャンプのように高いところから飛び降りる儀式があるところらしいんだけど、いくら幸福1位でもやりたくないよね(笑)。国民総幸福(Gross National Happiness)を国是にしているブータンは上位に入っていない。北朝鮮はどうなんだろう。 1位 バヌアツ 都道府県だとどこが幸せなんですかね。無理と分かっていても田舎暮らしにあこがれてたりもする。 |
お見舞い
2006.07.06 Thursday - 23:44
沖縄の大雨が収まったとおもったら、今度は鹿児島や和歌山で被害が出ているそうで、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。たしか今年はアメリカ被害海岸ほかでも大雨被害が出ていたはず。気候変動の影響でしょうか。 お見舞いといえばもうひとつ。ソフトバンクホークスの王監督が胃の腫瘍で手術入院とか。「自分にはこういうことは起きないと思っていたのでショックだった」「運命と思うしかない」「シーズン中には帰ってこれると思うが、こればかりは何とも言えない」とずいぶんと慎重な言い回し。松中選手なんか泣きながら試合。現時点では良性か悪性か発表がないにしろ、ガンの疑いが濃いということなんでしょう。ただ、最近はPET検診を定期的に受けていたそうですから、いきなり深刻な部位が見つかる可能性は低いようにも思いますが。 さらにもうひとつ。ドミニカ移住問題で、首相が「おわび」を表明するそうな。見舞金はわずか200万円ほどだそうです。塩と石だらけの土地を与えられたようですから大変な苦労だったのでしょう。沖縄からも多くの人がアルゼンチンやペルーに出ていきました。先日、在ペルー沖縄県西原村人会の1960年頃の写真50枚ほどを手に入れました。室内には守礼の門や富士山の絵が額で飾られています。遥か南米にいても故郷を忘れないという想いなんでしょう。それにしても「おわび」は遅すぎます。 |
写真の著作権
2006.07.03 Monday - 22:52
古い写真の著作権はいろいろとややこしくて、Wikipediaによると、 旧法により、1956年(昭和31年)12月31日までに公表された写真は、権利が消滅しているため、自由に利用することができる。また、1946年以前に撮影された写真は、公表の有無にかかわらず著作権が消滅している。 とあります。撮影・公表の時期が分かっていればいいのですが、年代のはっきりしない昭和の写真は取り扱いが「ビミョー」ということになります。 木村伊兵衛氏や土門拳氏などの高名な写真家であろうと、戦後直後に撮った写真は著作権が切れているわけですが、じゃあ権利継承元に断らずにブログや書籍に載せてみろといわれても、そこまで度胸はありません。事実、著作権が切れている大正や昭和初期の写真に対して、未だ「使用料」や「貸し出し料」を要求するところもあります。トラブルが面倒くさいので払って片付けてしまいがちなんですが、正論を通せばおかしいということになるでしょうね。
さて、今日の写真。昨日と同じで1957年か1958年に撮影されたものと思います。場所は後楽園の競輪場。美濃部都知事が「公営ギャンブル廃止」と宣言した結果、1973年に閉鎖されて今はもうありません。それにしてもずいぶん沢山のお客さん。 今回入手した一連のスライドのマウントには Photographed by Ed Drews と撮影者の名前が書いてあります。発行元はアイオワ州ダベンポートにあった Blackhawk Films 社ですが、ググると結構有名な制作会社だったようです。海外著作物に関して、現行の著作権法では第58条に規定がありますが、この時期の旧法での取り扱いはどうなるんでしょうか。まぁ僕のブログに上げるくらいならおとがめなしでしょうけどね。 |
ぽっちゃり顔
2006.07.02 Sunday - 14:52
先日のコダクロームに続いて、古いポジをまた入手しました。昭和27年前後に写された写真で、外国人向けに観光用スライドセットとして販売されていたもの。カビも生えているしコダクロームではないので見事に褪色していますが、そのぶん時代が伝わってくる感じです。 これはマウントに「Selecting cultured pearls for stringing」と書かれた1枚。「ネックレス用に養殖真珠を分類しているところ」のようです。直射日光が当たっているので、外にテーブルを持ち出して撮影したのでしょう。
ぽっちゃり顔の可愛いお姉さん。撮影があると事前に言われて奮発してパーマネントをかけたのかもしれません。そういえば昔は女性は腕時計を内側に向けていましたね(今は?)。当時20歳だとすると、ご存命なら70を少し越したあたり。昭和を生きてきた思い出の中で、はたしてこのときのことは覚えているでしょうか。 さて、こんなことして遊んでるヒマはないんだった。しごとしごと(ぶつぶつ)… |
ハレの日
2006.07.01 Saturday - 14:56
今日は子どもの土曜参観の日。相変わらず夜なべの父は得意の朝寝坊で、わずか15分の参観でした(反省)が、母(カミさん)から雷が落ちずに幸いでした。国語の授業が行われていて、なにやら詩の意味を読み解いていくんですが、モノ書きの僕にもよく分からない(苦笑)。子ども達は眠かろうと思います。 ところで、僕の子どもの頃は父兄参観日ともなれば、たいていどの家も、父親は背広、母親は着物で来ていたような気がします。僕は遅くにできた子なんで母親はクラスの中では年上のほうで、友達の若いお母さんを見ては羨ましく思っていました。 参観の日には子どものほうも多少なりともいい服を着せられていたかもしれません。覚えてませんけどね。先生が質問したときは答えが分からなくてもハイハイハイと手を挙げていいところを親に見てもらうのが常で、指されてから答えを考えてませんでしたっけ。 先生のほうも参観日は参観日ならではの授業を組んで、子ども達の興味を保ちながら挙手や発言を促がしていたように思いますが、もう35年くらい前の話なんで記憶が捏造されてるかもわかりません。 いつの間にか親は平服。先生も体操服。子どもは緊張感なくだらーんと授業。先生が質問しても手が挙がらない。最近は親子ドッジボールなどのイベントが授業と授業の合間に行われるようになり、参観もずいぶんと様変わりしてしまいました。 生活からハレとケ(晴れと褻)の区別がなくなってしまったように感じます。 さて、話も尽きてきましたので、ここらでお開き、ということに。教育の現状に憂いを抱いている僕に代わって、最後にこの人(笑)が感想を言ってくれました。
だ、そうです。 (風間さんの真似しました。失礼) |





















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