2007.06.30 土曜日 - 2:17
今日は大きいのを2本納品して、ほっと一息。17時には心もPCもシャットダウンして、ひと段落したところで、クライアントさまからの電話。 もうひとつのチャプターも翻訳して欲しいとのこと。 かなり難しいセクションなので大変そうだけど、もちろん、ありがたくお引き受けいたしました。 「フリーランス 仕事なければ ホームレス」 紫式部の河野さんの標語をいつも戒めとして、おごらぬように心がけています。 |
2007.06.28 木曜日 - 19:34
植木屋さんに庭に入ってもらいました。5年振りでしょうか。ぼうぼうだった木々も一気に短くなって、すごく明るく・広くなりました。タブノキも以前と違って向こう側が見える(笑)。
月曜は自分の散髪に。こちらは1か月半ぶりくらい。伸び放題を短くしてもらってすっきり。いつも切ってくれていたお姉さんは静岡の実家に帰ってしまい、今回から違う人。ナントカ繭子さんというのですが、「繭」って字は難しいのね。 翻訳は今晩が山場。無線ネットワークで中身がちんぷんかんぷんで、しかも原文は関係代名詞の嵐で難解。果たしてちゃんとした日本語になるのやら?? |
2007.06.25 月曜日 - 1:17
とある人気ブログを編集した、いわゆる「ブログ本」的な本の出版を今年後半に目論んでいて、数年分のログをプリントして読んでいるのですが、その人の「立ち位置」が数年前も今もほとんど変わっていないことに驚きました。 価値観とか仕事のスタイルに筋が通っているからこそ、書いたテキストにもそういった姿勢が現れてくるのでしょう。その一貫性の中で、新しい変化にきちんと追従していっているのだから、さすがはカリスマ的存在です。 半月ペースくらいで書き方を含めてコロコロ変えている僕とは大違い(気が付いているとは思いますが、ここ一週間ほど前からまた変えてます)。
今日の夜に教育テレビでマイルス・デイビス特集をやっていました。少し前に放送された「知るを楽しむ」という番組の再編成ですが、とにかくマイルスは同じところに留まることを嫌ったという話。 マイルス的な生き方なんてもちろんできませんが、筋がありながら変化を常に求めていく姿勢は見習わないといけませんね。誰かさんじゃないけど、精進、精進 |
2007.06.23 土曜日 - 23:44
沖縄の本を作ってからもう一年近くが経ったせいか、すっかり忘れておりました。 今日(6月23日)は沖縄の慰霊の日であります。糸満の摩文仁(まぶに)の地下壕で日本軍の牛島司令官らが自決し、「組織的戦闘」が終わった日と言われています。 「平和の礎(いしじ)」の刻銘者は240,609柱だそうです。同時に、貴重な琉球文化のほとんどが破壊されました。
沖縄の地上戦は、本土決戦を遅らせるための作戦と言われていますが、あまりに過酷です。その凄惨な状況を生き延びた人の証言がかろうじて残されています。もうあと10年もすれば、存命者はほとんどいなくなるでしょう。仕事ではなく沖縄を訪れてみたいこの頃です。 |
2007.06.22 金曜日 - 18:52
翻訳の合間に、昨日から引き続いてPC環境の復旧をやっています。雨の日にはちょうどいいのかもしれません。
あちこちのブログに「買ってきた」とか「荷物が届いた」とか「いつ買おうか」と書かれているPhotoshop CS3を、僕もさっそく買ってきました。ついでにAcrobat 8のアップデータも。 [スタートメニュー] を見ると、Photshop CS、Photoshop CS2、Photoshop CS3、Lightroom(試用)、GoLive 6.0、Acrobat 8.1が並び、そのほかにもBridgeやらDistillerやらImageReadyやらStockPhotoもある。 なんだかマシンをAdobeに乗っ取られた感じですね。仕事の急所をMicrosoft(Office)とAdobeに握られているっちゅーのも、なんだかなー(苦笑)。 |
2007.06.22 金曜日 - 4:41
PCの安定性がイマイチすぐれないので、納品を終えてから、何を思ったかWindows XPの修復インストール(上書きインストール)を始めてしまったのが運の尽きでした。 ところが、なぜかインストールが途中までしか進まず(RAIDコントローラ周りの問題?)、いろいろ試みたものの、結局は新規インストールする以外に手がなくなり、疲れもあって夕方からは諦めモード。データ用のパーティションは無事だったし、三日前にバックアップはしていたので、データとしての被害は軽微でしたが、システムドライブはフォーマットを余儀なくされたため、Windowsから始まってOfficeやその他もろもろの入れなおし。アプリの復旧はまだ半分くらいでしょうか。それにしても「再起動」を何回したことやら。 今日はPhotoshop CS3の発売日。お昼にゲットしに行きます。ちょっと楽しみ。
先日書いたイトマキエイ(マンタ)の赤ちゃんは、生後4日と10時間で死んでしまったとか。残念ですね。一方、うちのヒョウタン池に赤ん坊メダカを発見して嬉しくなりました。 |
2007.06.19 火曜日 - 23:31
複数の仕事を同時並行に処理している最中に追加で仕事をいただいたりしたせいか、仕事の量を見誤って、ここ数日のスケジュール調整(カンピュータ)が狂ってきた。明日の原稿締め切り危うし...
道路工事の好きな日本なんだから、電線をもっと埋めたっていいのに、って思う。きたない街だ。 |
2007.06.18 月曜日 - 21:48
沖縄県本部(もとぶ)町の美ら海(ちゅらうみ)水族館で、飼育中のイトマキエイが出産したという。世界初だとか。 現在、動物園は哺乳類の種の保存の役割を担うようになっていて、地球温暖化で北極の氷が解けてしまうと、ホッキョクグマは自然界では絶滅し、最後は動物園でしか見られなくなるとも言われている。 水族館の役割まだそこまではいっていないようだが、海洋環境もかなり深刻であることは間違いないだろうから、そのうちジンベエザメやマンタを水族館でしか見られないような日が来ないとも限らない。どうか杞憂に終わりますように。
環境は環境でもPCの環境の話。Windows 2000をやめてWindows XPにしてから、どうも調子が悪い。今日はブラウザが起動しなくなったり、メーラーが起動しなくなったり、頗る不安定。 "sfc /scannow" というシステム修復コマンドでとりあえず復活したような感じだけど、大丈夫か? |
2007.06.17 日曜日 - 21:51
今日は父の日。日経MJの調査によると、 日経MJの調査で、実父や義父に毎年欠かさず贈り物をしている人は全体の15.3%という結果になった。かたや1度も贈り物をした事がないという人が21.9%。カーネーションを贈るなどの習慣が定着している母の日に比べると、まだまだ地味なイベントのようだ。 という結果が出たという。東大和の伊藤さんの「氷の家族」は典型的な光景かも。 だいたい順番が悪い。雛祭り、端午の節句(子供の日)、母の日、父の日と来る。母の日を祝って、それでおしまいというパターンも多かろう。高齢化社会を迎えるとともに団塊が引退するのだから、「中年の日」とか「亭主関白公認の日」とかあったらいいんじゃないんだろうか。 なんてなことをボヤき始めるのは中年の仲間入りした証拠か、うぎゃ。 |
2007.06.16 土曜日 - 16:29
R-D1sの外観はライカの外観とはかなり違う。これがM8だったら、日ごろM4を傍目で見ている奥様も気が付かないかも知れないが、ここまでデザインが違うと無理だ。板金屋の社長が旋盤を買うようなもんだ、と言って納得してもらえるはずもなく、カミングアウトは難しいのである。 なので今日も天気が良いが、家族のいる週末はR-D1sを持ち出すことができず、じっと我慢の子である。しょうがないので昨日撮った一枚をハイキー風に仕上げて遊んでみた。歪みのないレンズは気持ちがいい。
今週から来週にかけて翻訳案件が目白押しである。マウス実験で発生する空気中のアレルギー物質に関する報告書、なんてのも翻訳している(訳が分からないが)。 翻訳といえば月曜から金曜の日経の夕刊に翻訳者の山岡洋一さんが登場していた(僕なんかのレベルからすると山岡さんは雲上人である)。翻訳は簡単な仕事ではないのだから独立などやめなさい、一対一の英文和訳ではだめ、日本人が書いたらどう書くかという視点で訳すべき、など参考になる話ばかり。翻訳を勉強している人は読んでみてください。 |
2007.06.14 木曜日 - 1:12
「ある日突然」と来れば、「ふたり黙るの」と続くトワエモアのヒット曲(口ずさめる人は40代半ば以上?)。 そんな「ある日突然」のエピソード。 昨年の10月以来、四十肩で動かなかった右肩が、先週あたりからあがるようになった。まだほぐれていないので完全じゃないけど。 ネットのあちこちに、半年から1年くらいで突然治りますと書いてあったが、本当にそのとおりになった。 吊り革を久しぶりに右手で掴んだ。息子のシュートを右手で止めた。キャッチボールが再開できるまであとちょっとか。カメラももう少しで右手を上にする縦位置構えができそうだ。シャンプーのとき両手で頭を洗えるようになった。ささやかな日常が戻りつつある。 |
2007.06.11 月曜日 - 23:11
心がときには晴れますように>誰となく
今日はだらだら仕事をしていたせいで写真を撮りに出られなかった。いずれストックが尽きる。 ところで、この建物、笑ってる? |
2007.06.10 日曜日 - 22:40
九段下でロケハンがあったので、終わったあとに靖國神社に参拝した。恥ずかしながら、と書くべきかどうか分からないが、大鳥居の前は何度も通っていたが参拝は初めてである。 台湾の李登輝前総統が参拝した次の日だったが、とくにマスコミの姿もなく、境内は平穏だった。しかし、財布の中に硬貨が25円しかなかったのには参った。やはり1,000円札を賽銭箱に寄進すべきだったか。
参拝のあと遊就館へ。1階の無料展示室では「戦跡パラオ展」をやっていた。沖縄戦は少しは勉強したが、パラオはその半年前(硫黄島よりも前)に米軍が上陸して、日本兵のほとんどが玉砕したという。知らなかった。 日本がパラオを統治していた時代に、ドイツなどの欧州が統治していた頃とは違って、学校を創るなど社会インフラを整えたこともあって、米軍に殺された日本人兵士の遺体をパラオ人が進んで埋葬したという。そして今でも、パラオには日本語を由来とする単語が500語以上残っているのだそうだ。パラオに行ってパラオの人たちにお礼を言いたくなった。 しかし、パラオは沖縄よりもはるかに南方である。どれだけの暑さの中で先人たちは戦ったのかと思うと胸が痛む。歳をとると涙もろくなっていかん。 そのあと、入館料を払って2Fの展示を一巡。まだ20歳にも満たないような青年が書いた遺書なんか見ちゃうと、もうダメですね。 今、ニューステで反日コメントを繰り返している加藤千洋が朝日新聞時代に靖國に関してあることないことを焚き付けたせいで、とてもデリケートな存在になってしまったけれど、右も左も真ん中も一度はきちんと参拝して、そして遊就館を観たほうがいいんじゃないかと思う。多くの人々の戦いの末に今の僕たちがある。 |
2007.06.09 土曜日 - 22:40
昨年に続いて、今年もサッカースクールに俊輔本人が登場。(撮影や公開はとくに制約されていないのでアップします) まずはお約束の「黄金の左足」キック。インサイドのほかにアウトサイドも見せて(魅せて)くれた。ちょっと「シェー」が入っている。 終わり際に、俊輔+コーチ陣による大人チーム対、10人ほどの子供選抜チームによる、10分間のミニゲーム。手を挙げてアピールしたのが幸いしたのか、最後の一人に愚息が指名され、父びっくり。 偶然にも一対一に。もちろん軽く遊んでもらった感じ。そういうときに限ってピントを外してしまい、父うなだれる。 「俺って、スコットランドMVPの、あの俊輔と対戦したんだぜ」と、いい思い出ができたはず。 しかし、体育館はスチル撮影班には過酷。ISO1600+開放F2.8で、なんとか1/180~1/250が切れる程度。しかも窓のある両脇は明るく、中央は1段くらい暗い。光源は水銀灯だし。 |
2007.06.07 木曜日 - 16:55
サッカークラブのお兄ちゃんを待ちくたびれた午後のひととき。うたた寝って気持ちいいもんね。思わず今日パソコンの前で突っ伏していたのは誰あろう自分である。昨日の取材帰りでも首都高を走りながら意識が飛ぶところだった。 |
2007.06.07 木曜日 - 0:38
だからさ、何度も言うようで悪いけど、「美味しかったです」とか、「良かったです」とか、「見たかったです」とか、「欲しかったです」とかを書き言葉で使うのはやめようよ。 っていうか、やめなさいよ。幼稚だし間違いだから、大きなお世話だけど。 この人は文章が上手いなー、と感じて読み進んでこれにぶつかると、がっかりするよ。 2005年4月4日に書いた日記を再録しておく。
僕は小学生の頃、国語の時間に、「形容詞+です」は本来は使ってはならない表現であると習ったように記憶している。 [2007/6/8] あのね、別に重箱の隅をつついているわけじゃないんですよ。 田植えを体験中の子供たちに「今、何を植えているのか知ってる?」と訊いても『分からない』という答えが返ってきた(K氏ブログ)とか、かなりの幼稚園児が土踏まずの形成が未発達でまっすぐに走れない(運動会だとレーンなど関係ない)とか、箸をきちんと持てない子供や大人が少なくないとか、木々や草花の名前を知らないとか、塾に通っていて算数問題は解けても都道府県がいくつあるか分からないとか、枚挙にいとまがないんです。 そういった「生きるための基礎知識」や「教養を高めて豊かな人生を送るための基礎的な常識」の醸成をまったく放っておいたのが戦後社会です。 ゆとり教育は廃止される方向のようですが、テレビやゲーム、携帯やインターネットの普及によって、このままだとますます日本人は弱体化します。 小学校の担任が通信簿に「関○○君は前向きな学習態度を身に付けてくれてよかったです」と書いてきて、それに妻が「今後はコレコレを理解して欲しいです」といったようなことを返している。愕然ですよ。 父親なりに子供には社会の規範に沿った大人になって欲しいと考えていますし、教養を身に付けさせて豊かな生活(物質ではなくて)を送ってもらいたいと思っています。だから社会のあらゆる雑音(←うまい言葉が見つからない)と闘っていかないといけないんです。それは変化を否定することではありません。 ところが、プロと称して記事を書いている人の一部に、明らかな日本語の誤用が見られる。ブログに私的な文章を書いている人にも多い。箸が持てない子供に、大人になったら恥ずかしいよと、注意をするのと同じです。恥ずかしいことなんですよ。 てなことは長くなるので書きませんでしたから、表層だけを読んで理解されてしまうのは仕方ないんですが、もうちょっと読み解いて欲しかったな。 |
































