2007.06.07 木曜日 - 0:38
だからさ、何度も言うようで悪いけど、「美味しかったです」とか、「良かったです」とか、「見たかったです」とか、「欲しかったです」とかを書き言葉で使うのはやめようよ。 っていうか、やめなさいよ。幼稚だし間違いだから、大きなお世話だけど。 この人は文章が上手いなー、と感じて読み進んでこれにぶつかると、がっかりするよ。 2005年4月4日に書いた日記を再録しておく。
僕は小学生の頃、国語の時間に、「形容詞+です」は本来は使ってはならない表現であると習ったように記憶している。 [2007/6/8] あのね、別に重箱の隅をつついているわけじゃないんですよ。 田植えを体験中の子供たちに「今、何を植えているのか知ってる?」と訊いても『分からない』という答えが返ってきた(K氏ブログ)とか、かなりの幼稚園児が土踏まずの形成が未発達でまっすぐに走れない(運動会だとレーンなど関係ない)とか、箸をきちんと持てない子供や大人が少なくないとか、木々や草花の名前を知らないとか、塾に通っていて算数問題は解けても都道府県がいくつあるか分からないとか、枚挙にいとまがないんです。 そういった「生きるための基礎知識」や「教養を高めて豊かな人生を送るための基礎的な常識」の醸成をまったく放っておいたのが戦後社会です。 ゆとり教育は廃止される方向のようですが、テレビやゲーム、携帯やインターネットの普及によって、このままだとますます日本人は弱体化します。 小学校の担任が通信簿に「関○○君は前向きな学習態度を身に付けてくれてよかったです」と書いてきて、それに妻が「今後はコレコレを理解して欲しいです」といったようなことを返している。愕然ですよ。 父親なりに子供には社会の規範に沿った大人になって欲しいと考えていますし、教養を身に付けさせて豊かな生活(物質ではなくて)を送ってもらいたいと思っています。だから社会のあらゆる雑音(←うまい言葉が見つからない)と闘っていかないといけないんです。それは変化を否定することではありません。 ところが、プロと称して記事を書いている人の一部に、明らかな日本語の誤用が見られる。ブログに私的な文章を書いている人にも多い。箸が持てない子供に、大人になったら恥ずかしいよと、注意をするのと同じです。恥ずかしいことなんですよ。 てなことは長くなるので書きませんでしたから、表層だけを読んで理解されてしまうのは仕方ないんですが、もうちょっと読み解いて欲しかったな。 |
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