8月15日という日

 前にも書いた気がしますが、我が家にとって8月15日は「墓参りの日」。今日はものすごい気温で、クルマのオンボードコンピュータは、路面温度も拾っているとは思われるものの、なんと42.0℃を表示。お寺に着いてお墓の掃除をしている間は、まさに滝のような汗。たいぶヘタばりました。
 早く寝て休みたいところなんですが、原稿があったのでまたこんな時間(3時)に。明日も取材で早起き。

 で、もうひとつの8月15日(→Wikipedia)について書きたいことは多少はあるのですが、短い時間でまとめるのは無理。ポイントだけ書いておくと、なぜ8月6日から始まる「戦争ウィーク」は陰々鬱々とした雰囲気が醸成されるのか、戦争を最大限の努力で排するのが政治と外交の使命であるならば開戦に至るまでに何が間違っていたのか、国を護ることにはどういう意味と価値があるのか、なぜサンフランシスコ講和条約締結の日が日本では「独立記念日」にならないのか、タブーな話題や行為の多い国で本当にそれでいいのか、なぜ憲法9条改正が戦争のできる国にすることと解釈されるのか、などなど、知りたいことがたくさんあります。

 多くのことが学校教育からも排除されていることもあってほとんど学んできませんでした。この歳になって無知に嘆いています。

| seki | permalink | 日々のこと | trackbacks (0) | comments (4) |

ドイツでは15年戦争の間に自国が何をし何をされて来たかを教える事を一義としているようです。

大陸での対中戦争から始まり、真珠湾攻撃一つにとってもなぜ攻撃より一時間遅れで宣戦布告文書が届いたのにそれ以前にワシントンはこの日に日本の先制攻撃があることを知っていたかとか、太平洋艦隊に大打撃を与えたと言いながらなぜ主たる攻撃目標の米空母が二艦とも真珠湾におらず無傷であったかとか、ダイアモンドヘッドのレーダーサイトが攻撃編隊の機影を行きも帰りも捉えていたのに、日本艦隊を完全に攻撃射程に捉えていた二席のアメリカ空母から追撃がなかったのか。。。とか、黒歴史にしか残らないであろう事はいくつもありますね。

当時の生き証人がほとんどいないいまとなっては公式文書に残されていない事は闇から闇です。
卑怯な奇襲を受けた自国が敢然と立ち上がって報復と平和のための大戦争に出征せざるを得ないという図式を作るために最初に千人単位で自国民を見殺しにするっていう図式は最近もありましたが。

アメリカ社会はきらいではないけどアメリカ政府は好きにはなれないですね。当分。

| dannna_o | 2007.08.16 木曜日 - 15:59

最後通牒と言われている「ハル・ノート」は、日本を開戦(先制攻撃)させるための誘導だったのかもしれないという説もあるようですね。
最近wikipediaが面白いのであちこち読んでいます。

| seki | 2007.08.16 木曜日 - 23:21

南方資源確保という大東亜共栄圏構想の枠組みではより重要で攻略が容易と思われていた「植民地」フィリピンではなく敢えて「アメリカ本土」の真珠湾を攻撃したことについて「山本五十六スパイ説」もささやかれたりしていました。(デムパ臭が漂いますが)

戦史もの小説は好きでよく子供の頃読みあさってました。いま読むとまた全然違うんだろうなと思います。

| dannna_o | 2007.08.16 木曜日 - 23:49

山本五十六は開戦に最後まで反対で、米国の士気を低下させて戦争を短期で終結させるために奇襲を考えた、という話を聞いたことがあります。自分で一次資料にあたったわけではありませんのでこの話の真偽は定かではありませんが、さすがにスパイ説はちょっと違うんじゃないでしょうかね。

司馬遼太郎は、明治維新の流れの中で非主流派に回ってしまった攘夷派が、明治から昭和にかけて軍部の主導権を握ろうとして歴史の一部が形成されていった、なんてことを書いていますが、現代史では明治という時代が結構大きな役割を果たしているように思っています。

| seki | 2007.08.17 金曜日 - 0:15
 









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