2007.06.14 木曜日 - 1:12
「ある日突然」と来れば、「ふたり黙るの」と続くトワエモアのヒット曲(口ずさめる人は40代半ば以上?)。 そんな「ある日突然」のエピソード。 昨年の10月以来、四十肩で動かなかった右肩が、先週あたりからあがるようになった。まだほぐれていないので完全じゃないけど。 ネットのあちこちに、半年から1年くらいで突然治りますと書いてあったが、本当にそのとおりになった。 吊り革を久しぶりに右手で掴んだ。息子のシュートを右手で止めた。キャッチボールが再開できるまであとちょっとか。カメラももう少しで右手を上にする縦位置構えができそうだ。シャンプーのとき両手で頭を洗えるようになった。ささやかな日常が戻りつつある。 |
2007.06.09 土曜日 - 22:40
昨年に続いて、今年もサッカースクールに俊輔本人が登場。(撮影や公開はとくに制約されていないのでアップします) まずはお約束の「黄金の左足」キック。インサイドのほかにアウトサイドも見せて(魅せて)くれた。ちょっと「シェー」が入っている。 終わり際に、俊輔+コーチ陣による大人チーム対、10人ほどの子供選抜チームによる、10分間のミニゲーム。手を挙げてアピールしたのが幸いしたのか、最後の一人に愚息が指名され、父びっくり。 偶然にも一対一に。もちろん軽く遊んでもらった感じ。そういうときに限ってピントを外してしまい、父うなだれる。 「俺って、スコットランドMVPの、あの俊輔と対戦したんだぜ」と、いい思い出ができたはず。 しかし、体育館はスチル撮影班には過酷。ISO1600+開放F2.8で、なんとか1/180~1/250が切れる程度。しかも窓のある両脇は明るく、中央は1段くらい暗い。光源は水銀灯だし。 |
2007.06.07 木曜日 - 0:38
だからさ、何度も言うようで悪いけど、「美味しかったです」とか、「良かったです」とか、「見たかったです」とか、「欲しかったです」とかを書き言葉で使うのはやめようよ。 っていうか、やめなさいよ。幼稚だし間違いだから、大きなお世話だけど。 この人は文章が上手いなー、と感じて読み進んでこれにぶつかると、がっかりするよ。 2005年4月4日に書いた日記を再録しておく。
僕は小学生の頃、国語の時間に、「形容詞+です」は本来は使ってはならない表現であると習ったように記憶している。 [2007/6/8] あのね、別に重箱の隅をつついているわけじゃないんですよ。 田植えを体験中の子供たちに「今、何を植えているのか知ってる?」と訊いても『分からない』という答えが返ってきた(K氏ブログ)とか、かなりの幼稚園児が土踏まずの形成が未発達でまっすぐに走れない(運動会だとレーンなど関係ない)とか、箸をきちんと持てない子供や大人が少なくないとか、木々や草花の名前を知らないとか、塾に通っていて算数問題は解けても都道府県がいくつあるか分からないとか、枚挙にいとまがないんです。 そういった「生きるための基礎知識」や「教養を高めて豊かな人生を送るための基礎的な常識」の醸成をまったく放っておいたのが戦後社会です。 ゆとり教育は廃止される方向のようですが、テレビやゲーム、携帯やインターネットの普及によって、このままだとますます日本人は弱体化します。 小学校の担任が通信簿に「関○○君は前向きな学習態度を身に付けてくれてよかったです」と書いてきて、それに妻が「今後はコレコレを理解して欲しいです」といったようなことを返している。愕然ですよ。 父親なりに子供には社会の規範に沿った大人になって欲しいと考えていますし、教養を身に付けさせて豊かな生活(物質ではなくて)を送ってもらいたいと思っています。だから社会のあらゆる雑音(←うまい言葉が見つからない)と闘っていかないといけないんです。それは変化を否定することではありません。 ところが、プロと称して記事を書いている人の一部に、明らかな日本語の誤用が見られる。ブログに私的な文章を書いている人にも多い。箸が持てない子供に、大人になったら恥ずかしいよと、注意をするのと同じです。恥ずかしいことなんですよ。 てなことは長くなるので書きませんでしたから、表層だけを読んで理解されてしまうのは仕方ないんですが、もうちょっと読み解いて欲しかったな。 |
2007.05.27 日曜日 - 21:36
今年の木村伊兵衛賞を受賞した梅 佳代さんの写真集「うめめ」の中に、教室の後ろに貼られた習字を写した写真があるのですが、その習字の題材が「ビル」。 どこの小学校だか知らないけれど、今の子供たちは変な字を書かされるんだなぁー、と思いつつ、先日愚息の授業参観に行ったら、壁一面「ビル」でした(笑)。教育現場で流行ってるんでしょうか。
あ、右隅にある「太い本」ってのは「厚い本」のことのようです(笑)。なんだかクラクラしてきます。 |
2007.05.25 金曜日 - 18:00
今日は雨が穏やかに降っています。最近は強風や雷を伴う大雨が多いので、普通の雨になんだか拍子抜けしますが、本来はこうでなくては。「蕭々」(しょうしょう)という言葉を思い出します。 先日お会いしたロベルト安達さんに倣って雨の中へカメラを持ち出してみました。彼のようにモノクロじゃありませんけど。
シイだかタブノキだか忘れましたが、庭木がだいぶ伸びてきました。そろそろ植木屋さんに入ってもらうつもり。レンズ一本ガマンです。 |
2007.05.25 金曜日 - 0:38
由緒ある神社で飼われている雄鶏。眼光鋭くコケコッコーと鳴きます。雌鳥の寝床には数個の卵が。有性卵かもしれません。
しかしいつの間にか、ニワトリの声は「騒音」扱いされるようになってしまいました。 |
2007.04.21 土曜日 - 1:11
先日の山手線でいったりきたりした話を少し遡ってみます。 飯塚さんの写真展でのパーティの途中で、カバンからPowerShot G7を取り出して一枚目を写したのが20時22分。このカットはシャッターを押したことをはっきりと記憶しているんです。
ところがその次のコマ。撮影は20時40分。この写真はシャッターを切った覚えがありません。ぷっつりと記憶の糸が...あ、ちなみに中央が飯塚さん。新藤さんや新山社長とギャラリーで3時近くまで飲んでたとか。
さらに、今日データを吸い上げたらパノラマ写真まで入っていました。撮影は21時13分。他の人が写っているので、撮影はやはり自分のようです。ぎゃー、これって記憶喪失?? パノラマ(スティッチ)モードにした記憶なんかまったくないんですけど…
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2007.04.19 木曜日 - 12:38
寝不足が続いた状態で、飯塚さんのカムイミンタラという写真展のパーティで飲んでいるうちに、いつもの数倍のスピードで地球が回り始めてしまいました。地動説なのか天動説なのかよく分かりませんが(笑)。 目黒駅から品川へ行こうと山手線内回りに乗ったものの、気がついたら品川をはるかに通り過ぎて、そこは御徒町(笑)。 しょうがないので外回りに乗り換えたものの、気がついたら品川を越えて大崎(爆)。 また内回りに乗車して、なんとか品川に到着。終電まで余裕があってよかった。そこからの京浜急行は混んでいたので眠らずにすみました。 しかしまぁ、何やってんでしょう(苦笑)。 |
2007.03.29 木曜日 - 23:57
教育テレビの子ども向け番組で知ったこと。 人間の鼻は、2~3時間置きに、右の穴と左の穴が交互に使われる えええ?と思ったけれど、21時の時点で鼻の下に指を当てたら左の穴で呼吸をしていて、植木等の映画を見終わった23時には右の穴で呼吸をしていて、びっくりぎょうてん。寝ている間も自動的に交替するそうな。 お試しあれ |
2007.03.26 月曜日 - 13:07
少し前だが、産経新聞のウェブに載っていた阿久悠氏のエッセイ「『美しい』という言葉をおぞましいものの如く…」の中に、子どもの頃に親しくしていた老人が言った言葉が次のように書かれている。 「日本人はね、他人の目だけが恐くて神が恐くない不思議な民族でね。他人が見ていなければ、どんなハレンチでも平気でやる。だから、頭の下げ方から、戸の開け閉めの方法、下駄の揃え方、風呂敷の包み方まで、何から何まで決まりごとにしなければならなかったのだ。そうだろう。その証拠に自由を覚えたとたんに、ハレンチ仕放題じゃないか。そうだろう」 なるほど、日本人は古来から礼節を重んじる人種ではなかったのだ。近年はモラルの低下が著しいとかいうけれど、最初からないと考えれば分かりやすい。 |
2007.03.11 日曜日 - 22:17
久しぶりに近所の公園を散歩したら、いつの間にか椿が咲いていた。公園以外でも見かけていたのだろうけれど、最近精神的な余裕が少ないので、どうやら季節の変化を見逃していたようだ。落ち着いた生活がしたい。
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2007.03.09 金曜日 - 22:26
「老舗旅館」は少しばかり期待が外れた。部屋には前客の細かい髪の毛が掃除されぬまま残っていたり、ウォシュレットは電源が抜かれていたり、大風呂の洗い場にはカランの二つに一つしかシャワーがなかったり、客室にガラスコップがなかったりと、旅館(ホテル)としての基本的なところが抜けている感じ。 ところで、旅館やホテルって、なんで自販機のビールに高い値段を付けるのだろう。一缶あたり数十円の利益がどうしても欲しいのだろうか。 ソボクなギモンのひとつである。 (以上は田崎真也氏の受け売り) |
2007.03.02 金曜日 - 0:27
今日は久しぶりに10時近くまで寝たので、ここしばらくの遅寝早起きで狂っていた体内時計の時差ボケも解消(でも明日は6時起き、トホホ)。 何気なくテレビをつけると、NHKで中沢新一氏が折口信夫のことを解説していて、思わず聞き入ってしまった。(「私のこだわり人物伝」) 折口氏の研究によると、古代人は「類化」で物事を考えていたらしい。たとえば人間と熊は同じ動物だとして一体に考えることなのだという。対して近代人・現代人は、「別化」で物事を考えているという。人間と熊は違う生物として科学に辿り着くのが近現代の価値観である。 また、われわれの住む空間には、霊(たま:神ではない)の密度の濃いところと薄いところがあって、世界を不均質なものにしているというのも古代人の考え方なのだそうだ。時間もそうで、夏至と冬至は霊がもっとも活動的になるのだとして、さまざまな祀り(祭り)が夏と冬に生まれたという。 本当は小中高できちんと民俗学を(フィールドを含めて)学ばせるべきと思うのだが、戦後教育はそういうところを断ち切っちゃったし、そもそも民俗学はまだまだ価値を認められていない気がする。だいたい世界史や日本史の履修を偽装することが平気で行われるくらいだから、100年経っても無理そうだ。 でも「われわれの先祖はどこから来たのか・自分は何者か」を考えるには、こういった民俗学的雑学的知識こそが面白い、ということに最近気が付いた。 続き(第2回目以降)が3月6日から8日にかけて再放送される(10:05~)。 しかし郷土本を何冊か手掛けているくせに、折口信夫も柳田国男も読んだことがない。今年の目標のひとつなのである。 |
2007.02.18 日曜日 - 21:53
本屋で欲しい本を見つけると、書名を携帯に入力しておき、帰ってからamazonでポチクリとやることが多かった。最近はポイントも付くしね。 だけどちょっと待てよ、大切なことを忘れてやしないかい、と思い直した。 わずか一冊の本を僕の家に届けてくれるために宅配のトラックが動く。フードマイレージならぬ、ブックマイレージだ。梱包材だって使われる。ポストに入らない場合に不在だと、またトラックが動くことになる。そんなにまでしてインターネットで何もかも買う必要があるのだろうか。 なので、今日は地元の本屋で買った。江成常夫氏の「生と死の時」と、川内倫子さんの「the eyes, the ears,」の2冊の写真集だ。ブックマイレージは取次から書店へのまとまった配送に含まれるだけだから小さくて済んだはず。 帰ってから「生と死の時」を読む。癌で逝った父親の闘病の気持ちを想いながら、フリーランスとしての自分の行く末を想いながら、江成氏の写真と言葉の力に感服しながら。 |
2007.02.15 木曜日 - 0:47
先日、六本木で開いた写真展では、ジャズやボサノバのベスト盤10枚くらいをiPodに入れてBGMに流していた。 ふとカバンに入れっぱなしのiPodを取り出して、充電をしてから聴いてみると、曲が進むに連れてギャラリーの様子が眼前に広がってきた。お客さんが誰も来ない午後の明るいギャラリーで、中央のイスに座って手持ち無沙汰ながら、仕事の原稿を書いたりしたときの様子が、音とともにすーっと甦ってくるのには参った。二度と戻ってこない時間と空間。 1月末で閉じた画廊は、今どうなっているんだろう。先月のことなのにずいぶんと昔に感じる。そんな写真展なんかありませんでしたよ、と誰かが言えば、もしかしたら本当になかったのかもと信じてしまいそうになる非現実な5日間だった。
明日から取材で埼玉をまわる。 |
2007.02.14 水曜日 - 0:49
明日(というか今日)は、会社の男性諸氏はそわそわの日でありますな。ちなみにうちの奥さん(事務系社員)は、しこたま「ギリ」を仕入れて、明日に備えております。 さて、一足早く、ギリはギリでも義理の妹からテオブロマのキャビアを貰いました。なかなか美味しい。
会社員で副業ライターをやっていた頃は、義妹の名前をそのままペンネームに使っていました。男女どちらにも通用する名前なんで、決してオカマキャラを演じていたわけではありません。 |
2007.01.20 土曜日 - 15:46
仕事柄、参考資料として本をたくさん買うことがあるけれど、原稿を書き終えるとほとんどが不要になる。 以前はまとめてブックオフに持っていった。まぁ一冊数十円というとこでしょう。 最近は作戦を変えてamazonのマーケットプレイスに出している。 値段を最安値あたりに設定すると、不思議とポツポツと売れていく。梱包と発送が少し面倒だが、古本屋の買い取り価格よりはぜんぜんお得。 本の処分に悩んでいる人はお試しあれ。 |
2007.01.06 土曜日 - 0:40
年末にノロらしき症状でダウンしたのに、日も空かない元旦過ぎに今度は風邪?でダウン。3日の夜から熱発して丸二日間寝込んでおりました。年末の体力低下は予想以上のものだったのかもしれません。 しかし、これでは「しゃばけ」に出てくる若旦那並(とほほ)。 一年の計は元旦にあり、というのが本当なら、今年の先が思いやられます。 |




















