- 2008.07.23 Wednesday - 12:38
スペインの丸山さんのコメントへのリプライ
日本語の中には、「徳」、「善」、あるいはテスト問題でおなじみの「情けは人のためならず」があることや、たとえば古典落語の「文七元結」を聞いたり、山本周五郎のどこか宗教性を感じるような人情話などを読むと、日本人は善行や努力-さらに言うと人知れずの美学?-を肯定する価値観を持っている(いた?)と思います。
会社生活でも、一所懸命働けば誰かが見ていてくれる・認めてくれると多くの人が考え、処遇では報われなくとも、上司や周りからの「よく頑張っているね」の一言が励みになっていたケースも多々あったはずです。
まぁそれがいつの間にか、上司にも余裕がなくなり部下に気配りをするどころではなく、働くほうもいくら頑張っても正社員にはなれなかったりと、それまでに培われてきた「善い行いは最後は誰かが見ている」「努力をしていればいつかは報われる」といった価値観が脆くも崩れ去ったのが、ここ10年、20年のことではないでしょうか。
要は、先に書いた世間の目を気にすることと、人知れず努力する・善行をすることの両方が、おぼろげになってしまっているような気がしています。スペインの人たちに、そういった生き方が残っているのであれば、日本人はもっと学ぶべきでしょうね(アメリカ人からは負しか学べませんでしたから)。
そして丸山さんご指摘の
「此所に列挙されている言葉に代わる、論理的で説得力ある言葉を日本人は見つけ出せないままでいるように思います」
はまさに正鵠ですよ。これこそ言いたかったことなのであります。
日本語の中には、「徳」、「善」、あるいはテスト問題でおなじみの「情けは人のためならず」があることや、たとえば古典落語の「文七元結」を聞いたり、山本周五郎のどこか宗教性を感じるような人情話などを読むと、日本人は善行や努力-さらに言うと人知れずの美学?-を肯定する価値観を持っている(いた?)と思います。
会社生活でも、一所懸命働けば誰かが見ていてくれる・認めてくれると多くの人が考え、処遇では報われなくとも、上司や周りからの「よく頑張っているね」の一言が励みになっていたケースも多々あったはずです。
まぁそれがいつの間にか、上司にも余裕がなくなり部下に気配りをするどころではなく、働くほうもいくら頑張っても正社員にはなれなかったりと、それまでに培われてきた「善い行いは最後は誰かが見ている」「努力をしていればいつかは報われる」といった価値観が脆くも崩れ去ったのが、ここ10年、20年のことではないでしょうか。
要は、先に書いた世間の目を気にすることと、人知れず努力する・善行をすることの両方が、おぼろげになってしまっているような気がしています。スペインの人たちに、そういった生き方が残っているのであれば、日本人はもっと学ぶべきでしょうね(アメリカ人からは負しか学べませんでしたから)。
そして丸山さんご指摘の
「此所に列挙されている言葉に代わる、論理的で説得力ある言葉を日本人は見つけ出せないままでいるように思います」
はまさに正鵠ですよ。これこそ言いたかったことなのであります。