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昭和51年広島県松永の言葉

  • 2008.11.14 Friday - 23:24
 新日本紀行ふたたびでやっていた、広島県福山市松永の下駄の絵付け職人(60歳前後)の言葉。昭和51年。

 描いている絵柄は出荷先によって変えているのですか?という問いに対して。
 えぇそりゃ北海道向けと東北向け九州向けあたりはもう皆ちごうてきます。そのところに住んでおる住民の気持ちが、まぁしからしむるんでしょう。ま、たとえば派手好きなところと、中地味なとこ、小柄なとこいうように、各地においてもぅ皆変わっておりますから。
 えで、この手いうもんがコンピュータとおんなしでな、自然にいくんです、がらんが※○#※?。頭でここをこうけえてああ描こういうんでなしに、手がさっさっさっさいきますけ。この手いうものは家宝なもんですわ、ほんとわたしにとっちゃ宝でさ。


 しからしむる、なんて使役動詞は自分じゃ一生使わないだろうなぁ。わずか30年ほど前に、そういうのが日常会話に出てくることに少し驚く。

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