東川から戻る
- 2008.08.03 Sunday - 22:09
仕事が詰まってきたので予定を一日早めて帰宅。設営から大ハプニング(謎)があったり、雨に降られてスナップ枚数が進まなかったものの、いろいろな写真をたくさん見て、いろいろな人と話して、いろいろと刺激を貰った三日間でありました(↓江口さん、入らなかった、ごめん)。

今回の旅カメラはOM-1。北海道の距離感なら35mmだろうと思って、ほぼ着けっ放し。写真甲子園2008で準優勝した大阪市立工芸高校のジョシに話しかけたら「私もOM-1持ってます」だって。やるじゃん。

飯塚さん、ありがとうね。(一等賞おめでとう!)
しかし横浜、蒸し暑すぎ。

今回の旅カメラはOM-1。北海道の距離感なら35mmだろうと思って、ほぼ着けっ放し。写真甲子園2008で準優勝した大阪市立工芸高校のジョシに話しかけたら「私もOM-1持ってます」だって。やるじゃん。

飯塚さん、ありがとうね。(一等賞おめでとう!)
しかし横浜、蒸し暑すぎ。
インディペンデンス展
- 2008.08.04 Monday - 11:56
東川町国際写真フェスティバル(フォトフェスタ)でのひとつのイベントとして開かれる「インディペンデンス展」。(インディペンデンス=独立、という意味から推し量るに、独り立ちするレベルになりなさいよ、ということか。)
出展者に与えられるのは横1800mm×縦2400mmのスペース。なにを、どう、いくつ展示するかは作者の自由。ところがこの情報が圧倒的に少ない。つーことで、あとに続く人の参考として。

奥の人は小さな額装(銀塩)、手前の人は多分カラーネガプリントの直貼り。

たしか京都芸大の学生。モノクロ2点をひとつの特注額に。一点のみ展示した人が今年はほかに2人いた。

東川フォトクラブ会長のUさん。特注の木枠スクエア額。

福島のEさんはパネル。プリントはラムダ。奥は若い女性でプリント直貼り。

中央はイトケーさん。フィルム撮影+デジタルプリントをパネル貼り。辛口の講評者に「いい桜を拝見させてもらいました」と言わしめた作品。左は若い女性で小さな額で統一。右は銀塩プリント+オーバーマットをピン留め。こんな感じで上下のスペースを全部使った人も数名いた。

マドンナのKさんは100円ショップで買ったというボックスを使用。左の人は直貼り。右の人はモノクロプリントをマットなしでアルミフレームに。自分のはいろいろあって一般的なブックマット+額。写真は...撮り忘れた(笑)。
タイトルとキャプションが書かれたパネルは町が用意してくれるので、その分のスペース(B5くらい)は残してレイアウトを考える必要あり。
設営は、事前に申請しておけば、写真関連の大学生とPGIの専門スタッフとで構成されたボランティア集団「フォトふれんず」の皆さんがやってくれるが、前日から入れる人は自分でやってもよい。(マット/パネル製作や額装作業を行ってくれるわけではありません。すぐに展示できる状態で発送する必要があります)
そのほかの様子はこちら
2002年
http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/sub200207a.htm#higashikawa1
2004年
http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/suc-higashikawa.htm
2005年
http://www2.ocn.ne.jp/~kazama/e1-o5.html
http://www2.ocn.ne.jp/~kazama/e1-6.html
2006年
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/7df9c97b61870f9a456f6bb02c7c9338
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/c55ca816b263d4d3851726011b26b007
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/1d829cdff3307d194192ea49f9c7de19
http://blog.goo.ne.jp/hiro_photo72/e/70791e4e7f882db897c21337e3aeb847
2007年
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-514.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-538.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-782.html
http://blog.livedoor.jp/shuko1963/archives/51032036.html
2008年
http://blog.livedoor.jp/craft_so/archives/51382448.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-814.html
http://ondori.exblog.jp/7372692/
http://ondori.exblog.jp/7372698/
http://ondori.exblog.jp/7372701/
http://ito2006.exblog.jp/9242434/
ブログ
http://higashikawa.blog.shinobi.jp/
「国際...」と名前が付く割には参加する人向けの情報が少ないので、以上は備忘録も兼ねて。ちなみに、レンタカーはあれば便利ですが、なくても何とかなります。(アクセス方法)
出展者に与えられるのは横1800mm×縦2400mmのスペース。なにを、どう、いくつ展示するかは作者の自由。ところがこの情報が圧倒的に少ない。つーことで、あとに続く人の参考として。

奥の人は小さな額装(銀塩)、手前の人は多分カラーネガプリントの直貼り。

たしか京都芸大の学生。モノクロ2点をひとつの特注額に。一点のみ展示した人が今年はほかに2人いた。

東川フォトクラブ会長のUさん。特注の木枠スクエア額。

福島のEさんはパネル。プリントはラムダ。奥は若い女性でプリント直貼り。

中央はイトケーさん。フィルム撮影+デジタルプリントをパネル貼り。辛口の講評者に「いい桜を拝見させてもらいました」と言わしめた作品。左は若い女性で小さな額で統一。右は銀塩プリント+オーバーマットをピン留め。こんな感じで上下のスペースを全部使った人も数名いた。

マドンナのKさんは100円ショップで買ったというボックスを使用。左の人は直貼り。右の人はモノクロプリントをマットなしでアルミフレームに。自分のはいろいろあって一般的なブックマット+額。写真は...撮り忘れた(笑)。
タイトルとキャプションが書かれたパネルは町が用意してくれるので、その分のスペース(B5くらい)は残してレイアウトを考える必要あり。
設営は、事前に申請しておけば、写真関連の大学生とPGIの専門スタッフとで構成されたボランティア集団「フォトふれんず」の皆さんがやってくれるが、前日から入れる人は自分でやってもよい。(マット/パネル製作や額装作業を行ってくれるわけではありません。すぐに展示できる状態で発送する必要があります)
そのほかの様子はこちら
2002年
http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/sub200207a.htm#higashikawa1
2004年
http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/suc-higashikawa.htm
2005年
http://www2.ocn.ne.jp/~kazama/e1-o5.html
http://www2.ocn.ne.jp/~kazama/e1-6.html
2006年
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/7df9c97b61870f9a456f6bb02c7c9338
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/c55ca816b263d4d3851726011b26b007
http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/1d829cdff3307d194192ea49f9c7de19
http://blog.goo.ne.jp/hiro_photo72/e/70791e4e7f882db897c21337e3aeb847
2007年
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-514.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-538.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-782.html
http://blog.livedoor.jp/shuko1963/archives/51032036.html
2008年
http://blog.livedoor.jp/craft_so/archives/51382448.html
http://photoseason.blog25.fc2.com/blog-entry-814.html
http://ondori.exblog.jp/7372692/
http://ondori.exblog.jp/7372698/
http://ondori.exblog.jp/7372701/
http://ito2006.exblog.jp/9242434/
ブログ
http://higashikawa.blog.shinobi.jp/
「国際...」と名前が付く割には参加する人向けの情報が少ないので、以上は備忘録も兼ねて。ちなみに、レンタカーはあれば便利ですが、なくても何とかなります。(アクセス方法)
目指せサブスリー
- 2008.08.05 Tuesday - 13:32
==========================================
◇◇ 東京マラソン 登録完了のお知らせ ◇◇
==========================================
セキユキヒロ様
受付番号:XXXXXX
東京マラソンへ申込登録いただき、ありがとうございます
以下の申込内容の通り、登録完了いたしましたのでご確認ください。
ただし、応募者が定員を超えた場合には抽選になりますので、
この登録をもって出場が確定したものではありません。
【申込内容】
大会名:東京マラソン2009
種目名:マラソン・一般
開催日:2009年03月22日
ま、この手のクジ運は持ち合わせていないので、よもや当たるとは思ってないけど。
コモディティー化する写真
- 2008.08.05 Tuesday - 21:53
The Short Epic:デジタル化進行でコモディティー化する写真
戦略なくして売れない時代へ
首肯できるところもあるが、全文を読み通してみると何となく違和感も残る。
戦略なくして売れない時代へ
(略)彼女は、カフェやショップなどの商業施設にインテリアとともにアートを紹介しているという。しかし写真は全くダメらしい。写真を施主にすすめると、社員で写真が上手いのがいるので彼のものを使えばよい、などといわれたこともあるそうだ。一般では、写真は自分で撮影するものという認識が強いことが改めて感じさせられるエピソードだ。特に写真がデジタル化してからは、アマチュアでもフォトショップで画像を直せるし、高品位のプリントも手軽に制作できる。プロ写真家のアドバンテージは急激になくなってしまったのだ。もはや、プロ写真家で技術を持っているだけではだめで、現代アート同様にますます作品コンセプトを構築する知的さが必要になっているのだ。(略)
首肯できるところもあるが、全文を読み通してみると何となく違和感も残る。
仕事の現場
- 2008.08.06 Wednesday - 13:55
写真のことばかり書いていますが、メインはあくまでライター仕事。セミナー/カンファレンスの記事起こしの取材はこんな感じで。
某所に「場数」の話が出てましたが、ライター業って写真学校のような仕組みもなければカメアシのような徒弟制度もないから、人の現場を見る機会がほとんどない。ま、誰かが将来検索でたどり着いたとしても、これが参考になるかどうか分かりませんが、ネットの肥やしとして。

・同通レシーバがあるときはICレコーダーをイヤホンに密着させて録音、そのほうが明瞭
・時計は「あと何分」かを知るため(眠気克服用:クライアントは見ています、どんなにつまらないセッションでも寝てはいけません)
・配布されている資料以外にスライドが出ることが多いので、念のためデジカメ(この写真を写しているので写っていない)
・ケータイは、デジカメを忘れたとき、あるいは、ICレコーダーがフルのときのバックアップとして
・講演者や会場の撮影を依頼されたときはデジイチ+中望遠ほか持参
あとで録音を聞いて文字をざっと起こして、指定分量や主旨に沿って要約をまとめていきます。
一時はノートPCを持参して同時タイピングをしていたこともありますが、暗い会場では目も疲れるし、やめました。
最近はAC電源を一切使用禁止にした会場が増えているので、長いセミナーのときに休憩時間に少しでもエネループを充電しようと思っても、ままならないケースが多々。ちょっと困る。
某所に「場数」の話が出てましたが、ライター業って写真学校のような仕組みもなければカメアシのような徒弟制度もないから、人の現場を見る機会がほとんどない。ま、誰かが将来検索でたどり着いたとしても、これが参考になるかどうか分かりませんが、ネットの肥やしとして。

・同通レシーバがあるときはICレコーダーをイヤホンに密着させて録音、そのほうが明瞭
・時計は「あと何分」かを知るため(眠気克服用:クライアントは見ています、どんなにつまらないセッションでも寝てはいけません)
・配布されている資料以外にスライドが出ることが多いので、念のためデジカメ(この写真を写しているので写っていない)
・ケータイは、デジカメを忘れたとき、あるいは、ICレコーダーがフルのときのバックアップとして
・講演者や会場の撮影を依頼されたときはデジイチ+中望遠ほか持参
あとで録音を聞いて文字をざっと起こして、指定分量や主旨に沿って要約をまとめていきます。
一時はノートPCを持参して同時タイピングをしていたこともありますが、暗い会場では目も疲れるし、やめました。
最近はAC電源を一切使用禁止にした会場が増えているので、長いセミナーのときに休憩時間に少しでもエネループを充電しようと思っても、ままならないケースが多々。ちょっと困る。
これでいいのだ
- 2008.08.08 Friday - 10:39
「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かして いったのです。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんで した。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義 」
後世に残るであろう弔辞。今の小学生に「シェー」ってやっても通じないんだよね。
舞台は昭和初期
- 2008.08.12 Tuesday - 00:24
昭和初期あたりから戦後の混乱期までの間を舞台にして書かれた推理小説が好きだ。年代でいうと昭和25年頃までだろう。
今のように交通機関も連絡手段も発達していないから、遠くに行くには夜行列車を乗り継がねばならないし、遠方への問い合わせは手紙か電報(電話は個人宅には普及していない)が使われる。つまり、人も情報も移動には時間がかかるという時代背景だ。
鑑識技術もせいぜい血液型と一般的な検死程度しかない。
いきおい、捜査は聞き込みを主体にしたプリミティブな方法に頼らざるを得なくなってくる。トリック以上に、情況や登場人物の心理描写に重きが置かれる点も特徴だろう。
日本全国どこでも日帰りで行けて、どこからでも携帯で通話ができ、インターネットでどんな情報でも得られる現代では成立しないプロットが、十分に通用する。
この路線の代表格はやはり松本清張か。とくに遺作となった「神々の乱心」が印象的だ(途中で絶筆となって完結していない)。
江戸川乱歩も時代的には合う。あまり読んでないけど。
ケーブルテレビで深夜にやっていた「飢餓海峡」という映画も面白い。録画をチビチビ観ている。ついでに水上勉の原作を読んでみようと思ったが、新潮文庫は新装されておらず、字が小さい版のままなので諦めた。
推理小説とは少し違うが、京極夏彦もこのあたりの時代を舞台にした作品を書いている。彼の作品は文字量が圧倒的なので再読する気になれないのが難点か。
ほかにお勧めの作家・作品があれば教えてください。
今のように交通機関も連絡手段も発達していないから、遠くに行くには夜行列車を乗り継がねばならないし、遠方への問い合わせは手紙か電報(電話は個人宅には普及していない)が使われる。つまり、人も情報も移動には時間がかかるという時代背景だ。
鑑識技術もせいぜい血液型と一般的な検死程度しかない。
いきおい、捜査は聞き込みを主体にしたプリミティブな方法に頼らざるを得なくなってくる。トリック以上に、情況や登場人物の心理描写に重きが置かれる点も特徴だろう。
日本全国どこでも日帰りで行けて、どこからでも携帯で通話ができ、インターネットでどんな情報でも得られる現代では成立しないプロットが、十分に通用する。
この路線の代表格はやはり松本清張か。とくに遺作となった「神々の乱心」が印象的だ(途中で絶筆となって完結していない)。
江戸川乱歩も時代的には合う。あまり読んでないけど。
ケーブルテレビで深夜にやっていた「飢餓海峡」という映画も面白い。録画をチビチビ観ている。ついでに水上勉の原作を読んでみようと思ったが、新潮文庫は新装されておらず、字が小さい版のままなので諦めた。
推理小説とは少し違うが、京極夏彦もこのあたりの時代を舞台にした作品を書いている。彼の作品は文字量が圧倒的なので再読する気になれないのが難点か。
ほかにお勧めの作家・作品があれば教えてください。
1/3 >>