- 2009.01.28 Wednesday
- ランニング
月火水と続いた長丁場の取材やら打ち合わせやらが終わり、とりあえず明日は寝坊ができそうです(笑)。
で、日曜日の25日に、実はフルマラソンにチャレンジしてきたのですが・・・

足の故障が完治してない状態での無謀な出場だったため、予想通り途中で爆死しました。無念ですが仕方ありません。安田美沙子にまったく敵いませんでした。
なんていう当日の話を事細かにつらつらと書いていたら4,000字くらいの長文テキストが出来上がってしまい、アップを躊躇しているのですが、誰か読みたい人います?(いないよね)
で、日曜日の25日に、実はフルマラソンにチャレンジしてきたのですが・・・

足の故障が完治してない状態での無謀な出場だったため、予想通り途中で爆死しました。無念ですが仕方ありません。安田美沙子にまったく敵いませんでした。
なんていう当日の話を事細かにつらつらと書いていたら4,000字くらいの長文テキストが出来上がってしまい、アップを躊躇しているのですが、誰か読みたい人います?(いないよね)
おばちゃんの要望に応えて追加 [2009.01.30]
ランニングを始めた以上、フルマラソンにチャレンジしてみたいと思うのは人の常だ。フルを走るまではランナーとして一人前ではないような気もするし、ハウツー本に書かれている「30キロの壁」あるいは「35キロの壁」の話が実感できないのもなんだか悔しい。練習で20キロくらいを走れるようになった昨年末に、3月に開かれる東京マラソン2009の前になにかいい大会はないだろうかと探して、「館山若潮マラソン」を見つけてエントリーしてみた。房総なら前泊せずとも朝クルマで行けるし、同じ日に開かれる勝田全国マラソンのほうが有名らしく、ほとんどのランナーが勝田を選ぶ。おかげで若潮マラソンは、エントリーが3,000人から4,000人と、人混みがそれほど気にならない適度な規模というのも選んだ理由のひとつだ。
昨年12月の富士マラソンフェスタでハーフを完走できたことで、フルだってきっといける、という意味もない自信もあった。きちんと練習すれば初フルでサブフォー(4時間切り)も夢ではないと一人で皮算用をして盛り上がっていた。
ところが1月6日のジョギングで右足甲の激痛に見舞われた。整形外科での所見は足の甲の腱鞘炎であった(そんなところも腱鞘炎になるのである)。湿布とテーピングで回復を目指したが、一週間ほど置いた1月14日にジョギングをしてみたところ、ギブアップするほどの強い痛みが5キロも行かずに出てしまった。また走るのをやめるしかなかった。走りたいのに走れないつらさで毎日がブルーだった。
若潮マラソンの日が近づいてきたある日、藁にすがる思いで鍼灸を試みた。治療を受けながらも、鍼灸師からは「大会はいつでもあるんですから、無理しないほうが・・・」と欠場をアドバイスされた。マラソンの大先輩でもあるトライアスリートのM山氏からは「そんなの無謀。館山に行くだけお金の無駄」とさえ言われた。それでも、出ない・行かないという選択肢は考えられなかった。走りたかったのだ。
血行を良くすることが腱鞘炎の回復には効果があると聞いて、毎日風呂に入りながらいろいろなシナリオを考えた。ワーストシナリオは、会場までは行ったものの、レース前に右足の痛みが再発し、諦めて参加賞だけ貰って帰ってくるというものだった。その次のワーストシナリオは、とりあえずスタートは切ったものの、5キロあたりで痛みが我慢できなくなり棄権するというものだ。
ベストシナリオもいろいろ考えた。今までの痛みが嘘だったように、足も快調で、あれよあれよと4時間15分くらいでゴールできちゃうんじゃないかというシナリオだ。二番目のベストシナリオは4時間半とか5時間くらいでの完走だ。練習していないのだからあり得ないとはわかっていても、確率はゼロじゃないよね、と考えるお気楽な自分がいた。
当日は5時に起きて6時20分に自宅を出発し、アクアラインを通って一路館山を目指した。7時30頃に現地に着いたときは会場に最も近い駐車場はすでに満車であった。前泊組も多く、皆気合いが入っているのだ。
少し離れた駐車場にクルマを停めたあと、受付けに行ってゼッケンとRCチップ(タイム計測用のICタグ)を受け取る。今のところ右足に痛みはない。クルマに戻って多少の腹ごしらえをしつつ、ゼッケンをウェアに付け、RCチップをシューズの紐に通し、気温や風の状況からアンダーウェアを選んで着替えを始めていく。海からの風が吹きつける車外に出てストレッチを始める。芝生の上で軽く走ってみる。走るのは実に11日ぶりだ。痛みはない。もう少し走ってみる。痛みはない。とりあえずワーストケースはなさそうだ。よし、走れる。
集合時間の9:45に合わせてスタート地点の整列に向かう。申告タイム順ではなくゼッケン番号順という面白い運営方法で、たまたま最後方の一団に割り当たった。遠くのほうのスピーカーからゲストランナーの紹介などが聞こえてくる。日本人はセレモニーが本当に好きだなと思う。ようやくスタート一分前の声が聞こえてきた。しばらくして号砲代わりに花火が上がった。ドン・ドン・ドン。10時ちょうどに、およそ4,000人のランナーがわさわさと動き出した。
スタートからしばらくは右足の痛みばかりを気にしつつキロ6分30秒くらいのペースで走った。ちょっと遅めのジョグのスピードだ。痛みも違和感もないし、よし、大丈夫そうだ。そう思った。
ぬか喜びはスタートからわずか800メートルで砕かれた。右足甲に痛みが走った。早過ぎる!まだ800メートルじゃないか。もうダメなのか。さらに1.5キロくらいのところで、もう少し強い痛みに襲われた。スタートできないというワーストシナリオは回避できたものの、5キロあたりでリタイヤを喫してしまうという二番目のワーストシナリオが頭に浮かんだ。痛みを我慢しながらしばらく走り続けてみる。100メートルに一度くらいピキッという強い痛みに襲われるが、なんとか前に進む。そうこうしているうちに、痛みを引きずりながらも5キロを通過した。ワーストケースその2も回避できたようだ。諦めるのはまだ早い。行けるところまで行ってみよう。
何かが変わったのが12キロの給水ポイントだ。スポーツドリンクとバナナを貰い、止まってストレッチをしたら、なんだか元気になった。右足の甲の痛みもゼロではないが、ほとんど感じなくなっていた。痛覚が麻痺したのかもしれないが、普通に走れるようになっているのだ。痛みがないと思うと自然にペースも上がっていった。それまでキロ6分30秒くらいだったのを、自分にとって気持ちのいいキロ5分45秒くらいで走った。たくさんのランナーを抜いた。沿道の応援に手を振り返す余裕もあった。右手には海が見え、路肩にはたくさんの菜の花が咲いていた。小春日和のなかを、小さな声で「きつー」とか「(先が)なげー」とか、たまに「(右足甲が)いてーよー」とか叫びながら自分に気合いを入れていた。
不幸は18キロで突然訪れた。右足の痛みにばかり気を取られていたが、「壊れた」のは左足だった。何の予兆もなく、急にモモの内側部分が痛くなって足を前に上げられなくなってしまったのだ。それまで右足をかばうようにして走っていたので、おそらく負荷が蓄積したのだろう。ペースを上げたことを悔やんでも遅かった。しばらく練習で走りこんでいなかったのだから、脚力が弱っているのは当然といえば当然だ。
ペースを落とすしかなかった。中間点(21キロ)を過ぎたあたりで、ついに痛みに耐えられずに立ち止まった。左足をストレッチをしても変わらなかった。とぼとぼと再び走り始めたが、さっき抜いたランナー全員に抜き返された。青春は12キロから18キロで終わったのである。
何度も立ち止まってストレッチを繰り返しながらキロ7分くらいのスローペースで走ってみるが、左足の痛みがきつく、そのうち歩くようになった。歩く割合が少しずつ増えていった。25キロくらいまでは半々だったのが3対7になり2対8になり1対9になり、30キロを過ぎた頃にはまったく走れなくなっていた。ゆっくり走っていた女子大生二人組に付いていこうと決めたが、途中で離された。次に、もっとゆっくり走っていた女子大生二人組もそのうち遠くに行ってしまった。
沿道の頑張れーという声援にも応えられなくなっていた。「頑張れーって言われても、これ以上無理」とつぶやくようになった。「救援」あるいは「収容」と書かれた関係車両が気になり始めた。手を挙げればそこで終わらせることができるからだ。
若潮マラソンの制限時間は5時間30分だ。それを過ぎると完走扱いにならない。32キロを通過したあたりですでに4時間20分が経過していた。あと10キロだ。あと10キロ歩けば終わる。しかし、残り1時間10分で10キロを歩くのは無理だ。それに、歩くのさえつらいほど痛みが強くなっていた。もうやめようと思った。ワーストケースで終わらなかったのだからもういいじゃないか、30キロだって越えられたし、海風が強くなってきたらから風邪も引きそうだし…とやめる理由をいろいろ考えた。それでも踏ん切りを付けられず救護車両を2台ほど見送ったあと、3台目でようやく手を挙げた。
リタイヤ組はマイクロバスに乗り換えさせられてゴール地点へと運ばれた。参加賞のTシャツを受け取り、熱い豚汁を一杯もらった。そして駐車場へと歩き出したときのことだ。制限時間の5時間30分を過ぎているにもかかわらず、まだゴールへと走ってくるランナーがいるではないか。どうやら公式な完走扱いにはならないが、強制的にリタイヤさせられるわけではなく、走りたい人は最後まで走っていてもよかったのだ。途端に自分が情けなくなった。よたよたとゴールに向かってくる彼らは皆、何が何でも完走しようという強い意思を持っているように見えた。そういう運営だということを知らなかったとはいえ、自分は完走を目指す気持ちを持たずにレースに臨んでいた。中途半端だったのだ。そう、人生やることなすことすべてが中途半端なのだ。ランニングも中途半端だと気づかされて、途中棄権した以上に激しく落ち込むこととなった。orz
マラソンの神様は中途半端な故障中のビギナーランナーを完走させてくれるほど甘くはない。出直しである。
ランニングを始めた以上、フルマラソンにチャレンジしてみたいと思うのは人の常だ。フルを走るまではランナーとして一人前ではないような気もするし、ハウツー本に書かれている「30キロの壁」あるいは「35キロの壁」の話が実感できないのもなんだか悔しい。練習で20キロくらいを走れるようになった昨年末に、3月に開かれる東京マラソン2009の前になにかいい大会はないだろうかと探して、「館山若潮マラソン」を見つけてエントリーしてみた。房総なら前泊せずとも朝クルマで行けるし、同じ日に開かれる勝田全国マラソンのほうが有名らしく、ほとんどのランナーが勝田を選ぶ。おかげで若潮マラソンは、エントリーが3,000人から4,000人と、人混みがそれほど気にならない適度な規模というのも選んだ理由のひとつだ。
昨年12月の富士マラソンフェスタでハーフを完走できたことで、フルだってきっといける、という意味もない自信もあった。きちんと練習すれば初フルでサブフォー(4時間切り)も夢ではないと一人で皮算用をして盛り上がっていた。
ところが1月6日のジョギングで右足甲の激痛に見舞われた。整形外科での所見は足の甲の腱鞘炎であった(そんなところも腱鞘炎になるのである)。湿布とテーピングで回復を目指したが、一週間ほど置いた1月14日にジョギングをしてみたところ、ギブアップするほどの強い痛みが5キロも行かずに出てしまった。また走るのをやめるしかなかった。走りたいのに走れないつらさで毎日がブルーだった。
若潮マラソンの日が近づいてきたある日、藁にすがる思いで鍼灸を試みた。治療を受けながらも、鍼灸師からは「大会はいつでもあるんですから、無理しないほうが・・・」と欠場をアドバイスされた。マラソンの大先輩でもあるトライアスリートのM山氏からは「そんなの無謀。館山に行くだけお金の無駄」とさえ言われた。それでも、出ない・行かないという選択肢は考えられなかった。走りたかったのだ。
血行を良くすることが腱鞘炎の回復には効果があると聞いて、毎日風呂に入りながらいろいろなシナリオを考えた。ワーストシナリオは、会場までは行ったものの、レース前に右足の痛みが再発し、諦めて参加賞だけ貰って帰ってくるというものだった。その次のワーストシナリオは、とりあえずスタートは切ったものの、5キロあたりで痛みが我慢できなくなり棄権するというものだ。
ベストシナリオもいろいろ考えた。今までの痛みが嘘だったように、足も快調で、あれよあれよと4時間15分くらいでゴールできちゃうんじゃないかというシナリオだ。二番目のベストシナリオは4時間半とか5時間くらいでの完走だ。練習していないのだからあり得ないとはわかっていても、確率はゼロじゃないよね、と考えるお気楽な自分がいた。
当日は5時に起きて6時20分に自宅を出発し、アクアラインを通って一路館山を目指した。7時30頃に現地に着いたときは会場に最も近い駐車場はすでに満車であった。前泊組も多く、皆気合いが入っているのだ。
少し離れた駐車場にクルマを停めたあと、受付けに行ってゼッケンとRCチップ(タイム計測用のICタグ)を受け取る。今のところ右足に痛みはない。クルマに戻って多少の腹ごしらえをしつつ、ゼッケンをウェアに付け、RCチップをシューズの紐に通し、気温や風の状況からアンダーウェアを選んで着替えを始めていく。海からの風が吹きつける車外に出てストレッチを始める。芝生の上で軽く走ってみる。走るのは実に11日ぶりだ。痛みはない。もう少し走ってみる。痛みはない。とりあえずワーストケースはなさそうだ。よし、走れる。
集合時間の9:45に合わせてスタート地点の整列に向かう。申告タイム順ではなくゼッケン番号順という面白い運営方法で、たまたま最後方の一団に割り当たった。遠くのほうのスピーカーからゲストランナーの紹介などが聞こえてくる。日本人はセレモニーが本当に好きだなと思う。ようやくスタート一分前の声が聞こえてきた。しばらくして号砲代わりに花火が上がった。ドン・ドン・ドン。10時ちょうどに、およそ4,000人のランナーがわさわさと動き出した。
スタートからしばらくは右足の痛みばかりを気にしつつキロ6分30秒くらいのペースで走った。ちょっと遅めのジョグのスピードだ。痛みも違和感もないし、よし、大丈夫そうだ。そう思った。
ぬか喜びはスタートからわずか800メートルで砕かれた。右足甲に痛みが走った。早過ぎる!まだ800メートルじゃないか。もうダメなのか。さらに1.5キロくらいのところで、もう少し強い痛みに襲われた。スタートできないというワーストシナリオは回避できたものの、5キロあたりでリタイヤを喫してしまうという二番目のワーストシナリオが頭に浮かんだ。痛みを我慢しながらしばらく走り続けてみる。100メートルに一度くらいピキッという強い痛みに襲われるが、なんとか前に進む。そうこうしているうちに、痛みを引きずりながらも5キロを通過した。ワーストケースその2も回避できたようだ。諦めるのはまだ早い。行けるところまで行ってみよう。
何かが変わったのが12キロの給水ポイントだ。スポーツドリンクとバナナを貰い、止まってストレッチをしたら、なんだか元気になった。右足の甲の痛みもゼロではないが、ほとんど感じなくなっていた。痛覚が麻痺したのかもしれないが、普通に走れるようになっているのだ。痛みがないと思うと自然にペースも上がっていった。それまでキロ6分30秒くらいだったのを、自分にとって気持ちのいいキロ5分45秒くらいで走った。たくさんのランナーを抜いた。沿道の応援に手を振り返す余裕もあった。右手には海が見え、路肩にはたくさんの菜の花が咲いていた。小春日和のなかを、小さな声で「きつー」とか「(先が)なげー」とか、たまに「(右足甲が)いてーよー」とか叫びながら自分に気合いを入れていた。
不幸は18キロで突然訪れた。右足の痛みにばかり気を取られていたが、「壊れた」のは左足だった。何の予兆もなく、急にモモの内側部分が痛くなって足を前に上げられなくなってしまったのだ。それまで右足をかばうようにして走っていたので、おそらく負荷が蓄積したのだろう。ペースを上げたことを悔やんでも遅かった。しばらく練習で走りこんでいなかったのだから、脚力が弱っているのは当然といえば当然だ。
ペースを落とすしかなかった。中間点(21キロ)を過ぎたあたりで、ついに痛みに耐えられずに立ち止まった。左足をストレッチをしても変わらなかった。とぼとぼと再び走り始めたが、さっき抜いたランナー全員に抜き返された。青春は12キロから18キロで終わったのである。
何度も立ち止まってストレッチを繰り返しながらキロ7分くらいのスローペースで走ってみるが、左足の痛みがきつく、そのうち歩くようになった。歩く割合が少しずつ増えていった。25キロくらいまでは半々だったのが3対7になり2対8になり1対9になり、30キロを過ぎた頃にはまったく走れなくなっていた。ゆっくり走っていた女子大生二人組に付いていこうと決めたが、途中で離された。次に、もっとゆっくり走っていた女子大生二人組もそのうち遠くに行ってしまった。
沿道の頑張れーという声援にも応えられなくなっていた。「頑張れーって言われても、これ以上無理」とつぶやくようになった。「救援」あるいは「収容」と書かれた関係車両が気になり始めた。手を挙げればそこで終わらせることができるからだ。
若潮マラソンの制限時間は5時間30分だ。それを過ぎると完走扱いにならない。32キロを通過したあたりですでに4時間20分が経過していた。あと10キロだ。あと10キロ歩けば終わる。しかし、残り1時間10分で10キロを歩くのは無理だ。それに、歩くのさえつらいほど痛みが強くなっていた。もうやめようと思った。ワーストケースで終わらなかったのだからもういいじゃないか、30キロだって越えられたし、海風が強くなってきたらから風邪も引きそうだし…とやめる理由をいろいろ考えた。それでも踏ん切りを付けられず救護車両を2台ほど見送ったあと、3台目でようやく手を挙げた。
リタイヤ組はマイクロバスに乗り換えさせられてゴール地点へと運ばれた。参加賞のTシャツを受け取り、熱い豚汁を一杯もらった。そして駐車場へと歩き出したときのことだ。制限時間の5時間30分を過ぎているにもかかわらず、まだゴールへと走ってくるランナーがいるではないか。どうやら公式な完走扱いにはならないが、強制的にリタイヤさせられるわけではなく、走りたい人は最後まで走っていてもよかったのだ。途端に自分が情けなくなった。よたよたとゴールに向かってくる彼らは皆、何が何でも完走しようという強い意思を持っているように見えた。そういう運営だということを知らなかったとはいえ、自分は完走を目指す気持ちを持たずにレースに臨んでいた。中途半端だったのだ。そう、人生やることなすことすべてが中途半端なのだ。ランニングも中途半端だと気づかされて、途中棄権した以上に激しく落ち込むこととなった。orz
マラソンの神様は中途半端な故障中のビギナーランナーを完走させてくれるほど甘くはない。出直しである。
Comments:6
- プチぞう 2009/01/30 12:43 PM
- 読みたいでーす!
- ユキヒロ 2009/01/30 04:39 PM
-
やはりそうきたか!
文が荒くて恥ずかしいけど、追加してみた。 - おばちゃん 2009/01/30 08:00 PM
-
アップありがと。
うーん。やっぱりちょっと無謀だったのかなあ。
といいつつ、自分がそうでも出場したと思います。
ちゃんと治して、3月は完走できますように。 - ユキヒロ 2009/01/30 10:10 PM
-
まぁしばらくは様子見ながら練習ですわ。
学生時代に陸上をやっていたなど
基本的な筋肉をあらかじめ持っている人を除いて、
どうやらランニングってのは「年単位」で考えたほうがいい感じ。
ビギナーはついつい月単位・週単位での効果を求めるけれど、
腱とか筋肉が強くなるには時間が掛かるのだなぁと最近実感。
50までにはなんとか(笑 - おばちゃん 2009/01/30 10:17 PM
-
>50までにはなんとか(笑
おっ、ユキヒロの野望ですね。
おばちゃんの野望は、50までにトゥシューズ(爆 - ユキヒロ 2009/01/31 12:33 AM
-
よーし、野望で勝負だっ!(笑
で、結局明日はぶっつけ本番(現役諸君、ごめん)